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をかしの庭

なにげない日常の中にも、心ときめく現象や出会いがあります。 遠くに出かけずとも、内面に大きく語りかける身近な映像、そんな写真がお届けできれば良いのですが…。

温故知新

母が転倒骨折して2週間が過ぎた。
十分な栄養摂取不足、それに入浴していないなどの血流循環不良からか
いまだに頭部右耳周辺の広い範囲と右上腕後部の青タンが取れない。
本日はそんなこともあって今年最後の入浴を介助する。

tree binoculars
O.Aミラー製のシューツリーとボシュ&ロム製双眼鏡
共に19世紀末1897年(双眼鏡)、1899年(ツリー)刻印アンティーク

tree
このツリーについては「人生60はまだまだ青二才」」記事で紹介済み

engrave
踵部に刻印された特許登録の年号、1899年6月6日

どちらも百年以上も前の製品とは思えない機能・保存状態です。
古いものでも今なお光り輝く機能を維持していて十分に実用できます。
時に我々はそんな古臭いものはもはや価値がないと思いがちですが、
骨董的価値のみならず、より良い未来のために過去に学ぶべきです。
伝統の踏襲は決して過去を永続させ続けるものではなく、革新のタネ
を過去に学ぶところにあります。これは何事にもあてはまることです。

case
双眼鏡のケース、スクラッチがひどかったので革用染料でこげ茶色に
塗りなおしている。ストラップがオリジナルのこげ茶色なので、濃い。
蓋上面に何かがついていた痕跡があるが、革製ハンドルが失われて
いる。

in the case
ケースに収納した双眼鏡 内面はネイビー色の柔らかな別珍仕上げ

left cover
左接眼側プリズムカバー、上段にZeiss Stereo Field Glasses
下段に PAT. JUNE 22 97 POWER=8 の刻印。8倍機
 ツァイスのポロプリズム双眼鏡特許の登録日?。
今日の双眼鏡はOEM (相手先ブランド名による製品提供)が
多いが、米国ボシュ&ロムそれに仏国クラウスではライセンス
生産されたようで、ボシュ&ロム製のこの双眼鏡は大きさ違い
で同デザインの4倍、6倍、8倍、12倍があったことが当時の
販売カタログに見える。 見るからにツァイスが世界初双眼鏡
として1894年に販売した8 x 20 FELDSTECHERを彷彿させる
外観でこのモデルはIF合焦方式ではなくCF合焦方式なのも
特筆できる。1912、1913年頃の製品だろうか。

prism cover
右側プリズムカバーにはBAUCH & LOMB OPTICAL CO.の刻印
プリズムカバーが真鍮製平板なのが特徴でのちの縁がプレス加工
により折り返されたカバーではない。

ol1

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入手後レンズ、プリズム等自身で分解オーバーホールしたが
元来とても良好な保存状態の製品なだけに視野もクリアで秀逸。

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介護者の社会的立場

burned kettle
最近アルバイトながら再就職した。 前職と名目は同じく病院夜間受付。
しかし仮眠があってかなり暇だったけれど薄給で拘束時間が長く保険や
交通費の出なかった職とは大きく異なり、昼間と同様の事務内容が要求
され、やや給与も高く、保険にもすべて加入できる。ただし仮眠はなし。
その第1日を終えて帰宅したら空焚きのやかんが待っていた。
認知症の人間に火を使わせて一人にするなんて、とんでもないことだ!
そう批判されても仕方がないが、問題はそれほど簡単ではない。IH式の
加熱器を使わせても認知症の人間には使えない。ガス器具の単なる代替
とは本人に認知できず、結局はカセットガスコンロを引っ張り出してきての
使用を試みる・・・そんな結果が待っているだけなのです。
空焚きの都度ピカピカに磨き上げた外観は見るも無残に焦げ付き、蓋上部
プラスチック製の球形つまみは溶けて原形をとどめていない。底も変形して
平坦性が失われ盛り上がっている。

私の介護生活のスタートは高校時代にさかのぼる。
高血圧で診察を受けていた父が心配になり、初めてのアルバイト報酬で
最初に購入したのは当時まだ珍しかった電子式上腕血圧計だった。
高血圧による循環器疾患の危険性を当時すでに認識していた私は
自己管理を徹底してもらう意味で仕事を休みがちな父に贈った。
しかし、父の健康意識は低く間もなく脳卒中となり、さらにその後の再発
出血でついに半身が不随となってしまった。以後は家族も本人も回復に
本腰を入れたが、失われた半身の機能は懸命なリハビリでも大して戻る
ことはなく次第に他の不具合へと移行し、最後は寝たきりだった。
 先日の母の転倒骨折も定期的に母のおつかい能力を見極めるという
意味もあっただけに、避けようと思えば避けられた受傷だったのかも知れ
ない。本人はその転倒自体を忘れてしまっていて、右手が痛くて自由が
利かないのが不思議でならないらしい。少し外出している間にベッドから
起き上がれなくて私の名前を呼び続けたという。骨折の痛みが頭から離れ
なくて食欲が落ちている。救急医から紹介を受けた診療所で栄養に対する
不安と痛み緩和について相談したが、解決に至る返答は得られず正月の
痛み止めも処方されなかった。

 ベッドからの起き上がり対策としてケアマネージャーを選定、介護保険で
ベッド柵をレンタルすることでベッドからの落下、起き上がり困難については
解決することができた。父の介護で長年介護用品等についても十分な知識
を得ている。地域包括介護センターや民間の介護相談を受けるより、確実
で安価で我が家に最適なサービスを選択できる自信がある。 けれども一定
のプロセスや関係者の訪問を抜きにサービスは受けられない。この辺りの
画一的なサービスの在り方や介護認定のステップには疑問の余地もある。

 夏の終わりに母が転倒し背骨を圧迫骨折して入院。その高額な支払いを
回避するため医療費の負担が軽減できる世帯分離を選択した。同一世帯で
ありながら各生計を独立して担っているとして申告することで、年金収入のみ
である母の保険負担額が同居の私の収入に左右されずに軽減される。
しかし、この方法は役所に相談に出かけた際に指南されたのではなく、別件
相談の際に担当者がそれとなく匂わせたので申請した。 場合によっては
分離によって不都合が生じることもあり、母の住民票取得等に際しては本人
の委任状が必要となる。 それでもなお入院治療費の一時負担と退院後に
母が不注意で壊した冷蔵庫の買い替えで9月には金策に奔走した。
10万円にも満たない7万円ほどの借金に福祉貸付金相談では返済能力を
理由に貸付を拒否され、自身のクレジットカードよりキャッシングして穴埋め。
当然賦課される利息負担もあり、年金の前倒し受給や生命保険の解約返戻金
で切り抜けようかと考えるうち、雇用保険の受給を温存していたことを思い出し
就職活動により不足した生活費捻出が現実味を帯びる。ところが離職理由が
自己都合退職でなく介護離職等の本人意思に反する離職でなければ失効の
時期になっているという。離職時に明確に介護のためと告げているのに本人
都合の離職となっている。また、離職時に母が認知症であったことが証明でき
なければ雇用保険(失業保険)の支給対象にならないとのこと。それで、母が
救急搬送された病院で過去の診断書を希望すると、旧所在地での診断書発行
は難しいと発行に難色を示される。入院費の請求事務で度重なるミスがあった
上に過去に在籍したドクターの診断書が発行されないとのことで、同様職種に
ある自分は引き下がるわけにいかず、それならば病院移転時に他院向けに
発行された診療情報提供書が存在するはずで、そのコピーがあれば認知症の
事実がそこに記載されているはずと事務担当者と交渉した。結果的に例外措置
が奏功して介護離職であったと認定され、失業保険の給付が決定。同時にその
給付に記載されていた健康保険料の減免が未実施であることがわかり、窓口で
手続きをしたところ貸付申請した額よりも多い額が返金される結果となった。
ここまで来て、福祉窓口での相談って一体なんだったんだと思った。 借入金に
対して5倍以上の返済能力があったにもかかわらず、長時間のプライベートを
さらけだして貸付拒否されたわけだ。一体どのような人間が貸付の対象となり
うるのか知りたいもんだ。貸付を受けていれば、利息負担でも2万円程度の節約
となったはずなのに、経済的に余裕のない者は更なる負担を余儀なくされるのが
明白だろう。

 一体、この国では介護者の存在など忘れ去られているのではないだろうか?
そんな気持ちにもなるほど、介護者の立場は要介護者の立場より更に希薄で
生活費を得ながら介護に臨むのは極めて負担が大きい。人生の大半を介護に
費やした自分には同じような立場の人が増えないようにと思うが、残念ながら
行政や社会情勢は私の意に反して介護難民を増殖させているのが現実だろう。

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クビワキンクロ雌

今シーズンは急な寒波襲来の影響か北方系のカモが多い。
11月の堺市での観察例に続き吹田市でも見られたとのことで、連絡を
いただいて観察できた個体。

kubikin-left
クビワキンクロ 吹田市 12月9日  以下同日画像

現地での観察及び事前に閲覧できた画像からは成鳥メスと思える。
しかし肩羽や脇に整然と並ぶ羽が見えたりして若いという印象も
同時に感じられ、嘴基部の白斑に鉄分による橙褐色の染まり残存
も見え、嘴上部の白線が鈍いなどの特徴も見える。虹彩と瞳孔の
境界が滲んだように見える点など成鳥とはいえ、若いのだろうとの
推測が可能に思える。 はじめて観察する鳥の素性を見抜くという
のはよく見慣れた鳥種の類推が成立するかにもよるが難しい。
 また、先行観察された堺市個体とは伝聞情報により年齢が異なる
ため、現地でお会いした方には別個体だろうとお答えした。ところが
帰宅後に堺市個体の限られた画像と本吹田市個体とを比較照合し
たところ、かなり似通った部分が見られ判断が揺らいだ。

1.嘴基部やその他鉄分による染まり部分を除去したと仮定した画像
と比較すると両者は極めて似ている。
2.堺市個体は著名な観察者による発見のため幼鳥だという判断は
妥当と考えられたが、公開されている他者撮影の画像からは明瞭に
幼羽の残存を示唆する部分が認められない。
3.堺市個体と吹田市個体との観察空白期間は約半月ほどであるが、
羽衣の摩耗状態は同程度でどちらも若い特徴を示す。嘴先端と後部
を区切る白線は吹田市個体でより明瞭であるが、これは嘴のメラニン
色素の生殖羽移行に伴う変化及び鉄による染まりが軽減されたとの
経時要因に矛盾しない。
4.両個体には額上、嘴基部にバン類との闘争により受傷したような傷
の治癒痕が場合により見受けられる。

 上記理由により先行観察例に触れることなく吹田市個体の印象のみ
を報告する分には支障は何も感じなかったが、先行する堺市個体との
関連性を考慮すると、別個体との結果を残すのが最良の判断かと一時
考えたが、そこはやはり未熟とはいえ本心を隠蔽できない。

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同個体 右側面

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同個体 正面画像 受傷痕らしきものが嘴基部上部に見える

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翼上面の翼帯は全体が灰褐色に見える白色度の低いもので、クビワキンクロと
判断して問題ない

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幼鳥や定期越冬地の居住者以外はパーソナル・スペースの確保の点で神経質
になっている個体も多く、このクビワキンクロは何度かオオバンにつっかかった

kubikin-dive
スズガモ属の潜水開始は初期にわずかな跳躍を伴うことが多く、そのことは水面
に残る波紋が如実に証明してくれる。腹部に幼羽残存は認められない。

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この個体が食べていたもので唯一その様子が見られたのはドングリ

kubikin-donguri2
カモ達は有毒か否か空っぽか充実果かを水面でモグモグすることで味覚により
区分しているように見える

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この個体の発見者は12月7日以前にこの個体を観察したようだが、少数の方が
翌日8日に確認、この日9日は多くの方が来られていた。早くも投げられたパンに
反応する様子が見られたので、しばらく滞在すると予測。 しかし行動を共にして
いたキンクロハジロが移動を選択したためか、数日後にはいなくなった。
他に連続渡来10年のアメリカヒドリ雄なども見られましたが、気になる雑種等は
見られませんでした。

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キンクロハジロ雄幼鳥と並ぶクビワキンクロ雌

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並んでいたキンクロハジロ雄幼鳥
成鳥なみの金色虹彩、嘴基部や頭部のところどころ、胸に黒色部が出現
幼鳥ながら短い冠羽も確認できる

【キンクロハジロ雄幼鳥の幼羽】
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胸と腹部の境界、下腹部や脇との境界は幼羽が確認しやすい 以下12月13日撮影

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上記画像の説明部位にはっきりと幼羽が見える

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腹部を羽繕い中のキンクロハジロ雄幼鳥
尾羽にも明瞭なVノッチが見えており、クビワキンクロ雄幼鳥観察時
(香川県)でも同様特徴が見られたため類推は可能と判断できる

 なお、大阪府での過去の観察記録は新しいもので2001年10月~
2002年4月に大阪城、同一個体と考えられる観察がその前季2001年
2月~4月に箕面市にある。直近では公式記録ではないが画像質問サイト
で2018年1月に投稿された2013年3月24日撮影淀川・海老江個体が
あっていずれもメスの記録です。

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