FC2ブログ

をかしの庭

なにげない日常の中にも、心ときめく現象や出会いがあります。 遠くに出かけずとも、内面に大きく語りかける身近な映像、そんな写真がお届けできれば良いのですが…。

光の屈折と双眼鏡

春ごろから外出が難しくなり、ネットでいろいろ検索してみると
ノッポビルのあべのハルカスから見ると通天閣が2つ見える場所があるという。
画像を見てみると、左右反転した通天閣がJR寺田町駅付近を背景に見える。
光の入射角や反射角の知識があれば見えている画像が正立像か倒立像か、
左右正像か逆像かによって光の進行経路が推定できる。
ある意味珍しい現象として一時話題になったこの虚像も冷静に判断すれば
室内と室外の明暗差を考慮して推定すれば、中学生でも理解できる。
光は異なる密度の媒質を進む場合その境界面で屈折し、ある角度になると
全反射する。この理屈を巧妙に道具として応用したのが望遠鏡、特に立体視
可能な双眼鏡だと言えるし、またその観察に常々用いられるのが双眼鏡だと
いうのもまた面白い。

【私の使用機材】
古くはミノルタポケット10x25というダハプリズム型コンパクト機を胸ポケットに
入れてスポーツ観戦、山登り、自然観察とオールマイティ―に長年使用して
いたのですが、あるとき現地に置き忘れて買い替えたのがニコンのモナーク7
8x42でした。中古でしたがネットオークションの出品者が大野さん(UCトレード)
のところで購入後に出品したものでした。それに先立って使用していたフィールド
スコープも同じく大野さんのところのVixen ジオマII ED82-S中古ですので主力機
は大野さんのところで入手したものになります。ジオマII ED82-Sは日吉光学製で
質感を持たせたポリウレタン塗装がベトついて閉口しますが、性能的には満足
しています。同じくVixenの双眼鏡Ultimaシリーズの張り革がベトつくとのことで
表面樹脂を剥がして基布のみにして使用するユーザーが多いことから、外装素材
の選定も性能の一部のように思います。もっともUltimaシリーズは張り革が綺麗に
剥がせてその粘着性の残る張り革を台紙として新たな合成皮革を張ることで容易
に使い勝手が改善できる。
 現在の主力双眼鏡がニコンのモナーク7と書いたがこのモナークという名前は
すでに大正時代から使われていて、ニコン製の双眼鏡の名ではありませんでした。
服部時計店(現セイコーホールディングス)はモナーク、マグナといった商標を所有
しており製造していたのは勝間光学器製作所、のちにこの両者の関係は戦時需要
の関係で陸軍系の第二国策会社の設立へと繋がり東京光学機械が創設された後
もこの商標は引き継がれたため、モナークという商標は勝間光学、東京光学それに
日本光学という3社で用いられることとなった数奇な商標です。

【鷹と双眼鏡】
ワシタカ類にはどこか我々の注意を惹く精悍さや眼光の鋭さがある。
そのせいか、双眼鏡の名前やトレードマークとして使用されている例も多い。
良く知られたものとしてはスワロフスキーオプティックのエンブレム。個々の
モデル名にもFalke、Habichtといった鷹に由来する名がつけられています。
同じスワロフスキーでもクリスタル製品の方はハクチョウのエンブレムなので
商品の内容でエンブレムを使い分けているのがわかります。
 我が国の双眼鏡では戦前・戦中に製造された富岡光学機械製造所の制六
(十三年式双眼鏡)にADLERという鷹を意味するドイツ語名の双眼鏡がかつて
存在しました。戦中に陸軍が使用した手持ち双眼鏡で数多く生産されたものに
制六、八十九年式双眼鏡があって一部の軍装ファンはこれらを混同している
ようですが制六は6x24、一方八十九年式は7×50薄暮や夜間の戦闘・砲兵
に用いられ海軍では先に制式化された日本光学製ノヴァ―の同型機。九十三
年式は下士官つまりは分隊長クラスに官給されたガリレオ式双眼鏡で4x40、
制六が日本光学のみならず東京光学他多くの製造所で製造されたのに対し
ベルトコンベアによる大量生産により日本光学でのみ生産されました。
 その後時が流れ1980年代になってプリズムの硝材にBak4を用いレンズも
マルチコートされた明るい視野の双眼鏡がカートン光学から発売されました。
名機と呼ばれたこの双眼鏡の名はADLERBRICK(アドラブリック)ドイツ語で
鷹の目(視線)という機種で天文ファンには名高い宮内光学が製造しました。
中心軸焦点方式(CF)を用いた双眼鏡は左右の接眼部を中心軸に連結された
昇降輪と連動する構造のため左右独立焦点方式(IF)に比較し防水仕様とする
ためのシーリング箇所が多いので、防水構造とすると大きく、重くなります。
現状ポロ式双眼鏡で最も鳥見に向いていると考えるのはニコン8x30 EII
もしくはニコン 8x32/10x42 SEでしょうが、制六をマルチコートして やや
現代風味付けにしたものがあれば見てみたいと思う。

adl1

adl2

adl3

adl4

adl5
以上カートン光学 アドラブリックMC 7x42 アドラブリックにはモノコート版も
存在したので、そちらには鏡体カバーにMCの表示がない。 倍率や対物口径の
バリエーションもいろいろあったらしいが当時のことは良く知らない。

with-8x30
右のオーソドックスな8x30機と比べてもさほど大きくなくスリムなデザイン

with-avanter
右は異母兄弟というべきかKenko製 Avantar10x50 おそらくこれも宮内光学製造
鏡体他多くのパーツに共通品が見られ、本家宮内光学から2006年に発売された
HAWK EYE 7x50が英語表記のタカの目なので、Kenko製が日本語で鷹の目なら
完璧だったのだけれど、名の通りAvantarと化身してしまった。

ava1

ava2

ava3

ava4

ava-case
蓋も底も抜けていた付属の双眼鏡ケース、自身で類似の素材により復元修理した。
ケースは合成皮革製のため経年による接着剤の風邪ひきで壊れているものが多い。
カートンのケースに似るが、Kenko製には金具下の縦方向のベルトが省略されている。
本体もレンズ、プリズム共にクリーンな状態のものは少なく、上記双眼鏡もジャンク品
を分解修理したもの。カートン×宮内の製品は他にSEEM 7やSEEM 10などがあった
ようですが、私には当時のことがよくわかりません。

【双眼鏡の分解と修理】
修理や部品交換可能な製品を個人で修理するのは薦められる行為ではありません。
一方販売後相当年数を経過した製品や明らかに誰かが壊したものに関しては個人で
対応せざるを得ない、サービス対象外製品も少なくありません。
古くなったものは捨てるしかない。はたしてそうなのでしょうか?少し前からポロ型
双眼鏡を分解修理してできる限り完全稼働時の状態に復元することに興味をもって
います。ボシュロム製でカールツァイスのライセンス生産品である100年ほど前の
ものや国産、外国製の80年ほど前の製品も含みます。 そんなに古けりゃ見た感じ
あまり期待できないと思いがちですが、中には現行品と同等か凌ぐのではないかと
思えるものも存在します。一眼レフカメラがデジタル化した際にいちはやくデジタルに
乗り換えた際、フィルムカメラ時代のレンズが色収差等の原因で悉く使用不適なのを
経験したので、意外とも思える結果でした。
かつては高価だった双眼鏡が安価にネット上で中古流通する原因はポロ機が既に
時代遅れの感があることにも起因しますが、落下やぶつけによって変形したり、
プリズムが位置ずれをしているのが原因かと思いきや、大半は経年によるレンズ、
プリズムの曇り、カビ発生です。 外観をじっくり見れば構造が理解できる人なら
分解・修理にチャレンジするのもいいかも知れません。 私も特別な知識は持ち
併せていませんが、第三者が分解に失敗した製品以外はきちんと修理できています。
ただ、中にはどうしても見ただけでは構造がわからないものもあって、ニコン E IIの
左側接眼部の羽がイモネジを外しても昇降輪から分離してくれず、左接眼側カバー
が外せず内部プリズムのごみ付着清掃ができずにいます。
グリスの固着で動かなくなったヘリコイドも溶剤を浸透させれば軟化して回転する
ようになりますし、道具も時計用ドライバーが必須なくらいであとは自作道具等で
なんとかなります。どうしても回らない対物筒などにはベルトレンチがあれば便利
ですが、なくても考えればなんとかなります。
覗いた際に像が二重に見えてしまう視軸ずれですが、まずはプリズムを載せている
托板の正しい位置にプリズムがあるかを確認すべきです。入手した際に前オーナー
が視軸調整したが完全には合っていないというものの中に、肝心のプリズム位置ずれ
を無視して対物筒内のエキセンリングで調整を試みたものもありました。プリズムは
最終的にセメントで固定するのがベターかも知れませんが、私はプリズムおさえという
不完全な固定をしているからプリズムが損傷するのが防げている気がするし、実際
古い製品にはセメント固定していないもの、鏡体カバーがプリズムおさえを兼ねるもの
があるのだからプリズムおさえが正しく機能しているならセメントは不要だと思う。

tools
私の使用している道具。時計ドライバーの透明蓋上の道具はカニ目レンチ代用品
分離した精密ピンセットと大きめのシューツリーを短縮した際に切り取った木材から
自作した。20mmから60mmのカニ目リングに対応できる。

母は2週間ほどの入院で帰宅したが、入院費に1ヶ月分の生活費は吹き飛び、
コルセットの一時全額立替払いが災いして借金は不可避の状態。帰宅するや
母はティッシュペーパー、キッチンペーパー、トイレットペーパーの紙類を大量に
消費して困っている。冷蔵庫の前を通る度に扉を長時間空けて中を物色すのと
同様に、大した意味もないのに無用の紙類を消費する。毎日ティッシュ一箱、
2倍巻きのキッチンペーパー1巻き、2倍巻きのトイレットペーパー1巻きを使う
のだから調味料の大量使用同様手がつけられない。

スポンサーサイト



PageTop

ミンミンゼミ鳴いて

母の勘違い行動や日常生活行動の部分欠落が進行したため
1月でやむなく仕事をやめ母の状況を見守る生活をしてきた。
しかし、収入なしでいつまでも生活できるほどの余裕はない。

 そろそろ、別のアルバイトに就かねばと考えていた矢先に
母が転倒骨折。朝食後の散歩で外に出た際、共用廊下の天井
にいるゴキブリを見つけ、雨傘で追い払ったもののバランスを
崩して尻餅をつきその衝撃で背骨を圧迫骨折した様子。直後
には本人の話からどのような状況で転倒したかが不明ながら、
抱え起こそうとしたら嘔吐したので、ショック状態なのか見極め
するため落ち着くまで廊下で寝かせ、嘔吐が止んだ時点で寝床
まで移動させた。昼食時に気分を尋ねると良くなったというので、
トイレに連れて行こうと、上半身を起こすと再度嘔吐。嘔吐時に
大量の冷や汗を伴うことから、この時点で腰椎圧迫骨折を強く
疑い、救急車にて救急病院へ搬送した。 その後の救急病院で
どういうわけかCTやレントゲン、点滴を受け夕方に担当医から、
どこにも異常はありませんの説明。主訴である腰痛関連の画像
検査がなされなかったので、尋ねると自分は内科なので頭部を
重点的に検査して異常がなかった、腰が痛いなら整形外科の
医師に引き継ぐとのこと。救急隊からの申し送りや家族の説明
はどないなってんのや?・・・でした。

ただでさえ日常生活費に窮しているのに、更に入院費の負担増
はもはや考えたくもない状況。

野鳥観察・・・淀川でのシロエリオオハム観察で熱中症様症状が
あり、6月に林縁で横になって休息したことがあった。 また8月
10日に夏のシギチ観察に出向いた干潟行で大量の発汗はあった
ものの適度な海風もあり熱中症にはならなかった。が帰宅途中の
電車内のクーラーが利きすぎていて、全身ずぶぬれのため立って
いた体が寒気を覚えた途端、急に吐き気に襲われ、めまい発生。
夏場は朝夕に服用している降圧剤が効きすぎの感があり、急冷
で血圧上昇が追い付かず、脳貧血となったらしい。翌日には南港
野鳥園でオバシギ幼鳥他結構な数のシギチが見られたが、南部
海岸エリアは1羽のコチドリでさえ見られなかった。他にはカルガモ
観察も継続したいが、ほとんど行けていない。

ポロプリズム双眼鏡・・・これまでに使用してきたのはすべてダハ
プリズムタイプだったので、立体視に有利なジャンク双眼鏡を入手
自身で分解清掃して使用することにハマル。

大阪湾の蜃気楼・・・大阪の上位蜃気楼は春型が主体だろうと考えて
きたが、自宅付近での観察や神戸での観察により、夏にも結構な回数
発生していることがわかった。

フライボード・・・蜃気楼を観察に出た際、須磨の海岸でフライボードや
ジェットパック等のジェットフライト見物にハマル。

いろいろとブログねたはあるものの、書きかけばかりで一向にきちんとした
記事になっていない。本日は病院へ行く途中堺市の中心街でミンミンゼミがビルの
窓枠にとまって鳴くのを確認。夏の終わりを告げるのはツクツクボウシではなく、
私の中では毎年夏終盤の市街地ミンミンゼミ。母の入院で余裕ができたら
またブログ記事を再開します。

PageTop

6月の蜃気楼

大阪湾の蜃気楼を観察するようになって随分経った。
これまではシギチ観察の合間や家の都合などでシーズン中の観察は
可能性の高い日に10回強行うのがせいぜいだったので、今年は特別。
そんなわけで、6月になってからの蜃気楼観察は多分初めて。
本日は出現可能性がほぼ確実だったので、安心して観察できた。
神戸側から見ると高石市付近のガスタンク変形は定番、大阪南部から
観察した場合には明石海峡大橋の変形が定番ですので、本日も然り。
淡路島の洲本以南、友ヶ島、岬町付近の山の稜線が扁平化したのと
堺市から泉佐野市にかけての湾岸風景が浮かび上がり、湾岸都市が
出現したかのような見え方でした。大阪湾の沿岸部には都市部がある
のだから、何を言ってんだ!という方もいるでしょうが、地球は丸いので
一定距離以上になると水平線下に隠れて見えなくなるため、沿岸部の
大型構造物を除き見えないのが普通です。 定番のガスタンクも頂部
ドーム部分がわずかに見えるのみで、普通は何が見えているか不明
なのが一般的です。

concert-mirage-PLtower
ティークルーズ中のレストラン船コンチェルト背後に見える
堺市築港浜寺の伸びあがったガスタンクと後方で縮んで見える
富田林市のPL平和塔。 高校野球の強豪だったPL学園高校の
母体であるPL教団の施設。

gastank-Takaishi
上の画像は目線高さ約1mから見たものですが、こちらは更に2m
高い3mくらいの場所から見た同方向画像。タンクが3画像に分離
ダブルマックとトリプルマック?に見える。高石市高砂にあるタンク
も右側に見えている

mirage-windsurfer
同じ場所を再び視点高度1mの場所から

mirage-yacht
ヨットのすぐ右に見えるのはアーチ形状の橋が反転して2画像化してX字状に
見えている
橋は阪神高速4号湾岸線の新浜寺大橋

boat-mirage-Kishiwada
モーターボート右に見える前方後円墳形のものは同じくアーチ橋
その右に岸和田市・貝塚市クリーンセンターが伸びあがっている
橋は阪神高速4号湾岸線の岸和田大橋、クリーンセンターはちきり
アイランドにある

アーチ橋などその形状の一部に円弧または球形が見られる対象物は
太陽や月の蜃気楼と同様の変化をしていることが多い。ただし太陽は
地球外のとても遠い場所にあるので、逆転層の規模や発生位置には
関係なく常に変形の対象となることが多い点で異なる。

PageTop