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をかしの庭

なにげない日常の中にも、心ときめく現象や出会いがあります。 遠くに出かけずとも、内面に大きく語りかける身近な映像、そんな写真がお届けできれば良いのですが…。

9羽の子ガモ

今年になってまともな鳥見をしていない。 シーズン終盤に雑種ガモ情報で出かけた
ものの姿が見られなかったので、随分と久しぶりのカモ話題です。

 昨年に世界遺産登録が決定した古墳群中も最も名の知れた仁徳天皇陵、
近年は被葬者が特定されていないことで大仙古墳と呼ばれることも多いですが、
カラス(ハシボソガラス、ハシブトガラス)、カワウ、オオタカ、ミサゴ等塒や繁殖、
採餌場として利用されるだけでなく、渡りの鳥たちにもしばしば利用される森でも
あります。そんな仁徳陵の周遊路が私が利用する市立図書館への主要ルート
ですので、外濠の生き物を見つつ周遊路を歩きます。 昨日は府道環状線と
国道310号線の合流点付近を過ぎたところでカルガモの群れを見つけ、ほどなく
それが9羽の子ガモを連れたカルガモ親子だとわかりました。

momducklings
カルガモ親子 (一部)

momducklings2
カルガモ親子A

momducklings3
カルガモ親子B

どれが母ガモか区別できますか? 大きさと尾部の特徴が違います。
一番上の4羽画像では母ガモは最後部、カルガモ親子Aでも最後部奥、
カルガモ親子Bでは先頭にいるのが母ガモです。

子育て期の母ガモの三列風切羽は特徴的な濃度ムラが見られ、羽縁は
やや摩耗したものから摩耗の見えないものまで色々ですが、オスのそれが
擦り切れて櫛羽状になる傾向が強いのに比べてあまり摩耗が目立ちません。
また5月の連休頃に孵化し成長した雛たちは2ヵ月の時間経過で初めて飛翔
可能な幼羽を纏いその羽がほぼ伸長の最終局面に来ています。 親鳥と
殆ど区別できない大きさに育ってはいるものの、体格が幾分小さく、風切羽
の伸長が不完全なため上尾筒の露出が顕著です。 嘴先の黄色部の大きさ、
羽縁淡色部の明瞭さ、尾筒の黒っぽさ等が概ね雌雄識別に有効な指標だと
いうのが幼鳥にも当てはまる感じはしますが、成鳥ほど容易ではありません。

karuhina-dango
雛たちは身を守る目的で一塊になる場合があるが、その行動は親鳥とほぼ
同大に成長しても維持されている。

jaw-stretch
あご伸びをして水面に踏み出そうと準備する子ガモ。 頸から胸にかけては
細い縦斑状、脇の羽が尖る、翼には軸鞘が見えていることなどが成鳥とは
異なる特徴です。 翼鏡を挟む白帯の太さは色々ですが明白にマガモの
影響を受けていると判断できる幅ではなく嘴やその他特徴とも併せて雑種と
推測させる要素はない。一般的にカルガモはマガモと交雑しやすいとされて
いるが、相手は野生マガモではなく家禽のアヒルやアイガモが野に放たれた
結果繁殖期・繁殖場所の重複によって生じた雑種であって、野生マガモとの
間に雑種を生じたという明白な事例は殆ど知らないし、図鑑としては雑種の
画像を初めて掲載した黒田長禮博士の鳥類原色大図説でも掲載雑種は
ナキアヒル(アイガモ)との雑種である。 それほどにカルガモは他種カモと
雑種を生じにくいカモであって、渡りの有無や換羽進行の詳細など身近な種
だけに灯台下暗しといっても言い過ぎではない種です。

mother1
母カルガモは今どきの外観としては標準的な感じ
雛を連れている間は頸を伸ばして常に周囲を警戒していることが多い

mother2
嘴先端部の嘴爪全体が黒いと家禽マガモ血統の混入が疑われるが頸の太さや
嘴の大きさ等雑種カルガモであると推測させる点は見えない。

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ジェネリック医薬品の副作用

病院での処方箋に対してジェネリック医薬品を選択しますか、違いますか?

 多くの方は国が推奨するジェネリック医薬品を無条件に選択しているのではない
でしょうか?その方が薬代も安くなりますし、国庫負担も減りますからね。
でも、ジェネリック医薬品は特許の切れた薬剤を他の製薬メーカーがまるで同じ
製法・成分で製造しているわけではなく、あくまで主たる有効成分が共通である
だけです。ですから錠剤であったものが粉末になったり、5mgステップの錠剤
だけしかなかったものが2.5mg違いの中間容量のものもあったりと患者側に恩恵
をもたらすバリエーション工夫も見られたりします。 私の場合社会人になって後
すぐに本態性高血圧を理由に種々の降圧剤を処方されてきて、最終的に現在も
服用しているアムロジピンにたどり着きました。長く処方されていた有効成分が
同じノルバスクが院内処方の都合でOD錠(口内で溶解するため水なしで服薬が
可能)に変わり、やがて後発品(ジェネリック)のアムロジピン錠へと変化し、効き
の関係で5mg錠を朝夕の服用へと変わりました。 ジェネリックに変わって直後
から歯肉の腫れぼったさや下肢のむくみが気になりましたが、小さな医院ゆえに
選択肢はなく、副作用自体がこの医薬品に総じて見られるものであったため元の
ノルバスクに戻されることなく何年かはこの副作用に耐えて過ごしました。
 しかしこの春3月に下肢のむくみがひどくなったために気にしていたところ、介護
によってひどくなった右足親指付近の水虫(白癬)が悪化、見かけ上右足足首から
下の足が赤く腫れて見える感じになりました。 これは蜂窩織炎を起こしかけている
・・・そう感じてコロナ厳戒下の皮膚科に行ってみると、すぐに検査のできる総合病院
を紹介するから今すぐ行って検査するようにと言われました。

 自宅からやや遠い総合病院で採血して検査した結果はCRPが陰性レベル、他の
炎症性指標ではやや白血球数値が高いだけで特に異常値はなく蜂窩織炎の可能
性は低いものでした。私自身の検査数値に対する感想では、CRPの数値上昇度に
ついては個人差があって、私に関してはあまり炎症性疾患で上昇した経験がない、
対して白血球の変動は極めて敏感でちょっとした疲れでも変動することから完全に
蜂窩織炎を否定することができるレベルではなかったものの、真の原因は抗真菌剤
による皮膚炎に降圧剤による下肢のむくみが複合したものと考えました。
処方された副腎皮質ホルモン剤の塗り薬と抗真菌剤の使用中断で3日後には
足の赤みが消え、足先挙上就寝で下肢のむくみも消えました。 しばらくして医院が
パソコン請求方式へと変わり、薬剤処方も院内から院外処方へと変わったのを機に
ノルバスク調剤へと薬剤師に告げて元に戻したところ、長い間不快だった歯肉の腫れ
下肢のむくみは完全に解消しました。歯肉が腫れていると歯周ポケットができやすく
歯磨き時の出血はごく普通でしたが、その出血もなくなり違和感が激減しました。
副作用の消失のみならず、主成分の降圧作用自体も顕著で朝夕2剤服薬でも正常
上限からやや高めに推移していた血圧値が朝一度の服薬のみで完全に正常レベル
まで低下しました。具体的には昨年の6月~7月1ヶ月間の平均血圧値135/85から
120/80まで低下しているのです。切り替えてしばらくは朝夕の2剤(5mg)服用でした
ので下がりすぎて気分が悪くなったほどでした。

 私自身のジェネリック医薬品に対する生理的反応が特異な例なのか多くの方々にも
当てはまる事柄なのかの判断はできませんが、薬局で薬について変更の説明があった
場合には服薬後の挙動に注意して以前とは違うなと感じたら薬剤師か主治医に説明
してもらうのがいいでしょうね。 私の場合のように院内処方での限られた薬剤から選択
を迫られる場合には特別に院外処方箋を発行してもらうなり、通院先を変更する等の
判断が必要な場合も出てくるかと思います。「お薬の名前が変わってますが中身は同じ
ですので・・・」そんな例ばかりではなさそうな感じです。

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3. 砂目塗り

双眼鏡鏡体外装の変遷その3. 砂目塗り
使用された期間:戦時あるいはその直前の5~6年ほど

この砂目塗りを外装のひとつとして独立して取り上げるかというのは微妙な
一面もあるが、戦時期の短い期間とはいえ実際に外装に採用されたことに
より、取り上げる。 太平洋戦争の開戦にともない双眼鏡資材も不足すること
になり、双眼鏡と共にその収納ケースである双眼鏡嚢の素材も変更された。
グッタペルカの不足により緊急的に採用されたのか、戦時下の統一された
双眼鏡外装として砂目塗りとなったのかは定かではないが、その後そのまま
化学合成品であるポリ塩化ビニルに置き換えられていったのか、一旦資材の
確保回復により、いましばらくグッタペルカが使用されたのかについても各社
すべての詳細な追跡ができているわけでもなく不明です。

93garileo-s
93式双眼鏡  4x40 ガリレイ式  昭和10年代
一部おがくず細粒を補修に用い黒塗りしています。

十三年式(制六)双眼鏡が戦前は将校の私費購入品、戦時は官給品として
光学関連会社及び大手企業により協同製造されたプリズム双眼鏡。
対してこちらの双眼鏡は部隊長クラスの兵に官給されたガリレイ式(プリズム
使用なし)4倍双眼鏡で初めてベルトコンベアによる大量生産方式により
日本光学でのみ生産されました。 倍率4倍の口径40mmで対物レンズの
色消しがなされ、目幅調整も可能で右接眼レンズの上方に半月状の凸レンズ
を張り付けることによりダブルフォーカスが可能で対物レンズ張り合わせ面に
記された焦点目盛りを同時に見ることができる特長を有していました。
この方式は特許を取得しており、一般的なプリズム双眼鏡における視野環へ
の取り付け方式では遠方~無限遠では目盛りが見えても近距離焦点時に
目盛りが見えないという欠点も克服しています。

93garileo-r
この下士官用双眼鏡はコストを抑えつつ前線兵士にも双眼鏡を供給すると
いった明確な目的のもとデザインは当時最先端であったドイツ製双眼鏡の
エッセンスを取り入れ、 Emil Busch等のガリレイ式、第一次大戦でドイツが
採用した軍用ガリレイ双眼鏡モデル08をも参考にしたと考えられます。

93garileo-upper.
この双眼鏡にはJESねぢ(JISの前身、JES規格ネジ、陸軍と海軍では伝統的に
軍事に影響を及ぼした国が異なるのでネジの規格も異なる。)表示のあるものと
ないものが存在し、殆ど官給品で帆布に柿渋塗りあるいは漆塗りにて防水性を
付加して堅牢度も高めた双眼鏡嚢(カーキ色)に収納されました。 特号と表記
された製品には革製の同デザイン双眼鏡嚢も存在し、私費購入品には丸囲み
に私のマークが刻印されたものが使用されました。

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89式双眼鏡嚢 ノバー型 7x50 アジヤ光学 (昭和10年代官報表記)

この時代の7x50はナイトグラスとも呼ばれ、瞳径の大きな集光力により夜間の
見張りにも用いられました。双眼鏡嚢の製法は93式に同じく帆布を防水加工
した青灰色のものが使用されました。蓋の裏側には接眼鏡見口に取り付けが
可能な曇天時用オレンジフィルターが収納できるスペースがあります。

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収納された7x50双眼鏡 上で説明した裏蓋の十字型フィルター収納部X2が
見える

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濡れた手で触れてすぐに撮影したので色むらがあります
入手時にヒンジ、ピントリング、各部ネジ部の固着がひどく全く動きません
でした。ベルトレンチや有機溶剤を適時使いながら時間をかけて翌日には
無事全ての可動部が復元、レンズ・プリズムの清掃も終わりました
戦時から戦後10年程度の時期のグリースは油分切れによってまるで乾いた
接着剤のような状況で分解には苦労します。

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この双眼鏡の砂目塗りは剥がれた部分がなく完全な状態を保持しています。
しかし多くの砂目塗りで剥がれが見かけられることから、耐久性においても
決して質の良い外装ではなかったことがわかります。

89novar-upper
この戦時期あるいは戦時直前期の双眼鏡外装は民生品の製造が制限され
なにがしかの形で軍用に供されたものであるため、将校用の十三年式(制六)
双眼鏡も偕行社製品を代表に砂目塗りが行われている。

89novar-cover
戦時下における敵性語の排除
左が戦時、右が戦前期の社名表記(シミュレーション)
考え違いで順序は逆で戦後ローマ字表記になった可能性もある
野球等一般民衆が関心を寄せる事柄には敵性語の概念は適用
されたものの、軍上層部などそのまま英語を使用していた部門も
存在していたのでどの程度敵性語意識が浸透していたかは不明。
なお、右の画像ははうぜん氏の双眼鏡画像を参考に作成。
アジヤ光学については戦前この双眼鏡7x50 二號三級のほか
8x30(CF)五號一級やその他多くの製品を製造していることから
製品ごとに級が異なり日本光学や東京光学に伍するレベルでは
なかったものの実績ある光学企業であって東京市江戸川区に
存在していたことがわかっている。

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