をかしの庭

なにげない日常の中にも、心ときめく現象や出会いがあります。 遠くに出かけずとも、内面に大きく語りかける身近な映像、そんな写真がお届けできれば良いのですが…。

今冬もワシカモメ

昨冬は大阪南部漁港で最大5羽ほどのワシカモメが見られた。
内訳は成鳥1、亜成鳥1、第1回冬羽3羽程度。

この冬も同一個体が飛来しているなら、第2回冬羽もいていいはずだが・・・

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ワシカモメ成鳥夏羽、昨年出合った場所と同じ場所で採餌、同じ場所で見張り

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ここはこのワシカモメ専用の採餌場所のようだ

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中央がワシカモメ成鳥夏羽、左右は光線状態で違って見えるがオオセグロカモメ
恐らく雌雄成鳥、混じって雄たけびをあげる

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河口のカモメたち。右から3羽目がワシカモメ第4回冬羽、4羽目がモンゴルセグロカモメ
(キアシセグロカモメ)第1回冬羽

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中央2羽がそのカモメ

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河口から堤防に飛び立つワシカモメ第4回冬羽

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ユリカモメ第1回冬羽と並ぶワシカモメ第4回冬羽

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堤防に降り立つワシカモメ第4回冬羽、手前には同齢のオオセグロカモメ
尾羽には中央尾羽とその隣に灰色の斑が残る。昨年見た個体が第3回か第4回かで
判断が分かれていたが、同一個体が今年も見られたことで昨年は第3回冬羽でよかった
ということになる。(自身の判断通り)

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思うようにいかない個体追跡

偶然から後日実際に観察できるようになったトモエガモ雑種。

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トモエガモとヒドリガモの雑種雄第1回成鳥繁殖羽になりつつある個体であることは
もはや疑いはない。 ただ、完全な第1回繁殖羽になるにはまだ2月いっぱい程度
かかる模様で、これにはトモエガモ非繁殖羽からの移行が遅いことを引き継いでいる。
越冬期で安定した場所に落ち着いているカモ類は外敵や人的侵入による攪乱がない
限りあまり場所を変えないのが通例だが、この雑種を含むヒドリガモの小群はやや
警戒心が強く、晴天の河川敷きは容易に釣り人が侵入、一定間隔で糸を垂れるため
通常短距離の飛翔で着水できる、人の疎な場所を確保できず、一旦遠方に飛去する
ことが多くなる。

どのようなカモも自然条件下で長く継続観察したいものだが、相手は自然に生きる
生命あるものなので、運よく長く観察できるものもいれば、その時限りということも
少なくない。この雑種との付き合いも状況によっては、完全な繁殖羽になる前に終る
可能性があり、今日の観察のように3カット撮った数秒で飛去してしまうこともある。
見る限り、体サイズこそヒドリガモ幼鳥より小さいが、ヒドリガモそのものとして行動
ヒドリガモ成鳥雄もしくはヒドリガモ雌成鳥に次ぐ順位で行動し、明らかに同齢の幼鳥
雌雄より順位が高い。例えば休息時、幼鳥が周囲に近づくと威嚇追い払うが、相手が
成鳥雄の場合は場所を譲る。採餌物・求愛行動他もヒドリガモとなんら変わらず。

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三重の海とモニ1000交流会

昨日は鳥見禁断症状の現れ始めた自身をなだめるため、少し遠方の海に出た。
モニ1000交流会が津市で開催されることを知ったとき、父が既にあまりよくない
状態にはあったものの、まさか他界していようとは、思いもしなかった。

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浜辺のミユビシギ 九十九里のミユビはフジノハナガイ、シキシマフクロアミ、それに
ヒメスナホリムシを好食するという発表が当日あった。このミユビシギが捕食した小さな
エビがシキシマフクロアミかどうかを判断する知識は今のところ持たない。

現地には近鉄の快速急行を利用して行った。朝6時半に出て、津駅に9時半着。モニ1000
会場を確認してそのまま、海に向かい堤防沿いでブランチ。三重大学の裏手から浜に出てのち
1羽のミユビシギが白塚漁港手前まで、ずっとつかず離れずの先導役を務めてくれました。
やや煙ったように視界が良くない海上には夥しい数のスズガモの他、雌が多いですがウミアイサ
やホオジロガモが潜水採餌するのも見えました。
もっとカモメが多いと期待していましたが、カモメの群れが見えたのは遥か彼方でした。けれど
ミユビシギの先導もあってか、気を抜けば足元を濡らしてしまう波打ち際を黙々と歩きました。
第1のカモメの群れにあと5分とせまった頃、一人の男性が竿先に何か布のようなものをつけた
長い棒を振り回しました。ただひたすらそのために歩いた一時間と少しは、この瞬間に徒労へと
変わり、脚の力が急速に抜けていくのを感じましたが、諦めず白塚漁港手前の第2の群れに向かう
ことを決め、再度歩み始めました。

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第1のカモメの群れ近くにいた、ミユビシギ60羽ほどの群れの一部

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第1のカモメの群れ近くにいたハマシギの群れ2群のうちの一群。合計すると100数十羽が
浜辺でミユビシギ少数と共に休息していました。
ここにも、ほぼホイグリンと判断して問題ない個体が写っていますが、オオセグロ3羽、カモメ
10数羽、ユリカモメ・セグロカモメ多数、他の珍しいカモメ類には遭遇できず。 いつか、
また遇いに来ようと思う。

浜辺の散歩で汗をかき、モニ1000会場に戻ったせいか、それまで何ともなかったエヘン虫が急に
騒ぎ出し、発表が始まった途端に顔を出す。発表の冒頭で3度ほど迷惑千万な咳き込みをして
しまった。Mさんの奥様には前回お会いしたときにもお世話になったが、今回も温かいお茶を
差入れしていただき、咳の沈静化に役立った。ありがたいことでした。

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最後の気遣い

父の容態急変の報を聞いた時、野菜を刻み終え、肉と野菜を炒め、もう少しで
シチューのルーを投入するところでした。本日、葬儀およびその後の書類手続きが
すべて完了し、冷蔵庫に保存していた鍋を火にかけて3日遅れのシチューが完成。

葬儀の手配や親戚への連絡、母の食事等、この間すべて一人でこなしました。
前々日の風邪は、沈痛解熱剤と精神的緊張で治ったかのように見えていたのですが、
昨晩はまた39℃の熱があって、今朝も38.6℃の熱です。鼻水が多くなり、鼻
の奥が火事のようで、気管支炎なのか奥底に響く低い咳がでます。現在の熱は少し
下がった感じですが、身体が重く、けだるいです。
父の葬儀があると伝えており、エレベーター工事の最終予定表を各エレベーター前に
掲示の上、各戸に配布するよう市職員に言っておいたはずなのに、本日急かせてやっと
各戸配布したものの、掲示用は5部しか準備しておらず、更に必要部数コピーして
前回の案と掲示を入れ替えねばなりませんでした。連絡してくるタイミングも最悪なら
その仕事も随分イケてません。

姪の結婚式への参加の是非を知らせる期限が本日でしたので、父が息を引き取った以上
参加せねばなりません。その期限を知ってのことに思える臨終タイミングでした。

今回の葬儀は会食費用に11万円ほど現金持ち出しがあったものの、それ以外は会費が
充当できました。父の家の宗派は判明しましたが、一度も仏壇を家に置かず、墓参りで
さえ数度止まりだったわけですから、無宗派葬ということにし、親戚の香典も辞退し、
一般及び親戚所縁の友人・会社、自治会関係の弔問及び香典も辞退しました。
礼服は母も私も何とか昔のものが使えたのですが、白いシャツを母がどこかに収納して
わからなくなっていて、ベージュのシャツで代用しました。
おまけに前日に葬儀社の方に持ってくるよう言われた死者のおにぎりや2人の数珠も
すっかり忘れてきてしまい、喪主が手ぶらという締まらないスタイルになりました。
でも、式自体はさすがにプロの仕事、スムーズに行きました。ナレーション担当の女性
に予め数点の質問が記された質問書を貰っていました。そこで父の好きだった曲名は
という欄に「ここに幸あり」を回答しており、直接の聞き取りでも、また同じことを
質問されたので、怪訝な顔で「そうですか、この曲は準備できる曲リストにない?」
と答え、提示された別曲の早春譜に変更しました。葬儀のBGMで流す曲にそら、ここ
に幸ありはないわなぁ!あとから母が大笑いして気づきました。そうですよね、単に
本人が好きな曲ならなんでもありですが、葬儀のBGMなんですから。無宗派葬なので
坊さんは呼ばず、読経の代替がBGMなんです。

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道楽息子、路頭に迷う

父の死が意味するもの。・・・それは我が家の生活基盤である父の年金と特別障害者手当を
一度に喪失することである。母は遺族年金で暮らせるだろうが、私の生活費は出てこない。
母の認知症が単独で家に残して問題なければ、迷わず仕事に専念できるため、高齢など条件
なしで就労する。しかし、この点が、目下の一番の心配事。葬儀会場でもトイレのあと他人
の葬儀会場に戻ったり、部屋を間違えたりしたのだから。

何も私は好き好んで前職を辞職したわけではない。私が誰であるかを知る者、あるいは私が
嘘つきであると判断する方は、私こそが嘘つきで、父の年金目当てにグウタラな日々を
過ごしていると、お考えカモ知れません。(大半の文章を翌朝削除。)
でも、人の考えなんて、イロイロです。いろいろいて当たり前だと思うので、わざわざ
それを否定する気もありません。
でも、働かず、ヘルパー等の介護スタッフの業務を自ら行い、できれば訪問看護師の業務
もすべて私が担当したいと思っていました。自己負担、国家負担の節約に貢献するから
ですが、規定があって、そんなことはできません。結局、持てるものはあらゆる選択肢を
補助付きで実施可能で、持たざるものは、単一の選択肢しかないのです。こののち、私が
自身の生活費を工面できるようになり、母などが私の名で借金した金額を返還できる日が
訪れるのか、甚だ疑問ですが、希望だけはもっているつもりです。

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