をかしの庭

なにげない日常の中にも、心ときめく現象や出会いがあります。 遠くに出かけずとも、内面に大きく語りかける身近な映像、そんな写真がお届けできれば良いのですが…。

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似てるぅ! 8

200903
2009年3月中旬、堺市 ヒドリガモ雄化雌

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2015年5月16日 泉大津市 推定トウネン雄化雌

この個体はこの春の干潟で赤いトウネンとして大きな関心を寄せた個体。
私はこの個体が近くで撮影できたのは、この日が初めてだったが4月末より
この個体の飛来を確認しており、飛来当初より赤味が際立っていたのを知る。

まず、トウネンを含めオバシギ属のシギには一定の雌雄差があって、大抵は
雌がやや大きく、嘴もやや大きめ。サルハマシギでは顕著な色味の濃淡と
嘴の形状の違いが認められ、このような特徴は多かれ少なかれ、この属の
シギには認められると考えている。この赤いトウネンもやや大きな体つきに
加え、後頭部、肩羽の一部に白い羽縁が認められる。何よりこの羽縁淡色は
雌を示すものとして、カモ、シギ関わらず外見上の特徴と考える。
赤褐色の羽は雄繁殖羽に特徴的なものであり、トウネンの第1回夏羽でも
雄にいち早く出現するものと認識するが、このような雄の特徴が雌を示す羽縁
淡色と腹部にある黒斑と混在しているところに、雄化を強く疑う。 雌の雄化は
カモに限ったことではないと認識してもらいたい。

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灰色夏モズの正体

モズは大阪府の鳥でもあり堺市の鳥でもある。
鳥を観察し始めた当初、飛来・求愛・営巣を3年間に渡って観察した
身近な鳥でもあったのです。
また、過去に大泉緑地のモズ調査が山岸哲氏の著作「モズの嫁入り」と
して公表され、大阪市立大学の高木氏はモズ類研究で知られる。そんな
モズに所縁の深い、堺市の平地でモズを見てきて思うことがある。

夏に見ることがあり、褐色のモズと時季を違えて遅くに繁殖するモズは
一体何モズなのだろうかということ。
多くの方は、それは「高原モズ」と言って、退色・摩耗したモズの夏羽に
起因するもので、高原でよく観察されることからその名があるらしいが、
2月頃から繁殖に入ったモズが、初回の繁殖を平地で済ませ2回目以降
高地や北方に移動して繁殖するのだという推定に基ずくものとする。
過去の野鳥雑誌やバードリサーチ生態図鑑のモズを担当した前述高木氏
の解説にもそのような記述が見られる。
モズは  英名 Bull-headed Shrike 学名 Lanius bucephalus ラニウス
ブケパルス
国内で確認されているモズ類は他にアカモズ、亜種シマアカモズ、チゴモズ、
オオモズ、オオカラモズ、タカサゴモズ、セアカモズ、モウコアカモズ・・・等が
いるようですが、大阪で観察できるのはほぼモズの基亜種 L.b.bucephalus
のみで、シマアカモズを一度観察したのみです。
高木氏はモズ類の説明で、大形のモズは性的二型が不明瞭、対して小形のモズ
つまりは日本在来の普通のモズ等は性的二型が明瞭であると指摘しています。
(雑誌 Birder 2013年12月号「モズ類の新しい見どころ、教えます」)
確かに性的二型は明瞭な部類ですが、初列風切の白斑がオスであることの確定
要素などと考えていると、大間違いです。メスにもこの白斑を小さいながら持つのは
結構いて、一部の図鑑では雨覆にバフ斑がないメス成鳥をオス第1回冬羽などと
しているものも見受けます。 同様に、アカモズやセアカモズ等通例はこの白斑が
見られない種に小さな白斑が見られることもあります。 モズ類はスズメ目の鳥に
あって異例とも言える雑種の多い仲間であるのではないでしょうか。

過去の観察から幾度も現れては消えて行った、雑種に起源をもつ別グループの
侵入説は成り立たないのか?といった思いが今回も強くなった。  それは、また
フィールドガイドにある高野氏のモズ類のレイアウト画像から。
灰色味を帯びたモズが通常モズの隣に描かれていて、下段に描かれているオス
シマアカモズとちょうど中間の姿形に描かれている。嘴の嘴峰、嘴底がやや丸味
を帯び、先端のカギ状部が控えめ、目先の黒色部が太い過眼線、薄い眉斑を
特徴とするシマアカモズとの中間の形態に描かれていて、夏場に見る灰色モズ
の特徴をよく捉えている、初列風切の白斑が小さめなのもよく一致する。
要するに、単に摩耗・退色した羽衣が灰色となったという違い以上の多くの相違
が認められるのに、「高原モズ」として片づけてしまうのは少し乱暴ではないか?

早春に大阪付近で繁殖したモズは次第に高地伝いに北海道付近辺りまで北上、
北海道で夏場に繁殖しているモズは頭部がさほど灰色になっていないのでは
ないか?これが移動したモズ達の姿ではないか?
では、大阪の平地ではごくわずか、高原で目撃される灰色のモズは何か?と
いうと、大阪で早春に繁殖したモズ達に代わって、南方あるいは、それらとの
間に生まれた雑種系統の一群で、幼羽も冬羽も新羽の時点でほとんど灰色の
羽衣を持ったグループの可能性が高い。この系統は現在も北上を続けていて、
20年もすれば、夏に灰色の羽衣のモズが平地で繁殖することが稀ではなくなる
そんな気がするのです。少なくとも過去に観察した夏のモズは灰色味が極めて
強く、多少なりともシマアカモズの雰囲気を持っていたし、摩耗でなく換羽直後の
羽が既に灰色の羽であるというのが、摩耗退色説を否定したい要因です。
ただ、この説を強硬に主張するほど、夏モズの観察・特に繁殖後継続観察例は
少ないのですが、最近の目撃例を元に推理してみました。

「シマアカモズの繁殖について」 鳥25(99)1976 今村京一郎 著
モズの北方域でオスが多い傾向は過去の唐沢氏や最近のバードリサーチの
調査で判明しています。カモ類でも分布に性差がありますが、この分布の疎密
それに温暖化や雑種系統の侵入が原因とは考えられないでしょうか? 
かつてメジロガモがアカハジロと交雑していることがしばらく気づかれなかった
(一部、現在でも)ように、実際は交雑を介した北上が既に現実となっている?
のでは。
でも、専門家が指摘していないことですから、根拠は希薄と言わざるをえません。

【夏モズ=高原モズ、モズが摩耗退色して灰色になったを証拠づけるには】
早春に繁殖してゴールデンウィーク頃にはいなくなってしまうモズが高原に移動
第2回目の繁殖をしたという確実な記録が必要。 標識調査によって北海道で
繁殖した個体が九州に移動したこと、長野県野辺山で夏に標識した雄が翌年
夏に徳島県鳴門市で捕獲、兵庫県姫路市で秋に標識した雌が翌年夏に長野
県野辺山で捕獲されている記録がある(雑誌Birder2005年10月号)が何れも
直接的に異なる2点で移動後繁殖した事例ではない。1991年から2004年に
かけて600羽以上のモズに個体識別用カラーリングをつけて放鳥した今西氏
(当時山階鳥研研究生)はその雑誌のなかで、雌の事例はこの高地移動繁殖
を裏付ける可能性があるとしているが、報告文中終盤で「きままな途中下車繁
殖」をすると書いていることが単に年度を変えて「途中下車繁殖しただけ」結果
ともとれる。つまりは、これまでどのような標識個体報告でも、早春に茶色い頭
で繁殖した雄が高原に移動して灰色頭状態で再度繁殖したという直接観察記録
は存在しない。また、高地繁殖後の冬羽への換羽により、移動前に褐色頭部の
モズが目撃されないのは不自然な事と思う。

【早春に繁殖するモズと夏に繁殖する本州のモズは別グループ?】
これを裏付ける証拠は上に挙げた、北海道で繁殖した個体が九州に移動して
越冬した事実。夏に北海道を訪問してモズを観察した例は2000年台初めに
経験しているが5月から8月に出合ったモズは何れも灰色の頭部ではなく、
茶色の頭部をしていた。これは、摩耗によって夏羽が灰色に変わるという摩耗
退色説を否定できる要素ではないか?上に挙げた雑誌表紙の雄モズは5月に
北海道石狩市で撮影されたものであるが、嘴は繁殖期を示す上下真黒だが
頭部は極めて茶色味が強く、目先の過眼線も黒い。これは5月以降大阪周辺
で観察される雄モズと明らかに異なる。
私は夏季の雄モズは明らかに外観の異なるグループとしているが、雌モズに
関しては在来のモズである可能性を否定しない。それは上で述べた雌雄分布
に差があるからで、隣接する南方域の亜種あるいは交雑グループの雄が北上
本州付近で交雑帯を形成しているのではないかと思えること。そのため平地の
モズも高原のモズも南方から北上してきた夏鳥であるモズの集団(灰色モズ)
ではないだろうかということになります。
あと一点挙げるとすれば、早春に繁殖して嘴の色が繁殖モードの黒になった
雄が何のためわざわざ移動や縄張り獲得コストをかけて再繁殖する必要が
あるのかということ。やはり早春のモズと夏のモズは異なる別グループと判断
した方が考えやすい。 モズは年2回の換羽ではなく、幼羽からの換羽も成鳥
冬羽への換羽も夏に行われることが知られている。嘴形状と色、大きさと翼の
白斑有無、尾羽外側の白色度、過眼線の目先側の広さと濃さは種や相違を
知るために必須の確認ポイントでしょう。

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再考のプロセス

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カンムリツクシガモ 出生翌年初頭から春頃の想像図

前回記事で取り上げたカンムリツクシガモの再考。
黒田長禮博士の偉大な功績のひとつには違いないが・・・。
ミヤコショウビンも含めて新種として登録するには、余りに異例ずくめの経緯を
辿ってはいまいか。新属・新種として発表され、仮に雄成鳥として記載された
ものが、のちに内田清之助博士の松平家伝来の「鳥づくし」歌留多画像から雌
であるとの指摘を受け雌と変更納得されている。 属名に関してものちに変更と
なり、Pseudotadorna属からTadorna属になっている。
私達は初めて見るものを、まずは既成の価値観で評価するのが普通です。
黒田博士もまた、体表を広く覆う波状斑の存在から、雄カモに多く見られる特徴
により、雄であると仮定したのでしょう。
のちに1920年の鳥 2(9)で「カンムリツクシガモ凾館にて捕獲の古記録」・古画
「烏之種類」で、 (以下引用)雌圖中,上胸が雄同樣黒色[多少淡色ではあるが]
に畫かれてあるのは誤寫であるか又は雄の幼期の爲めかとも思はれて面白い.
(以上引用終わり)とお書きですが、胸部に濃色の胸当てが雌雄に見られる例が
クビワアカツクシガモ(オーストラリア南部に生息)で見られます。古画を評価する
上で、西洋画法が普及していない時代の様式化された描法で描かれていること、
ろうそくや行燈、自然外光で採光した照明下の画像は暗部の色彩が現代の色と
相違して見えることに留意しなければならない。胸部の黒色は黒でなくとも、暗色
で黒っぽく見えることが多いと考えられる。波状斑同様に予備知識が誤判定を生む
要素となりうるのである。終わりに雌の雄化も考えられなくもないように記しており
絵師の誤写か雄化とするのは、ツクシガモ類に対し理解が十分でなかった可能性
がある。

【カンムリツクシガモは日本の鳥か?】
日本鳥学会がカンムリツクシガモを日本の鳥と認定している根拠は過去
文政年間の古記録等に北海道函館付近での捕獲・描画記録が存在するからで
あると考えられるが、同時に古記録には対馬藩の記録があって、1678年・延宝
6年に藩外持ちだし禁制品に朝鮮おし鳥(=カンムリツクシガモの元々の名称)が
定められたとあり、1724年、1729年の享保年間には雌雄番が幕府に献上され
ていることが記録に残る。1735年には江戸城で飼育されていたものに3羽の雛が
孵化したとの記録も残る。
以上、出典は「明治前動物渡来年表」 磯野直秀 著 慶応義塾大学
学術情報リポジトリ

したがって、現在も目録に記載されるか否かは自然渡来か篭脱けかは重要記載
要件と見做されているにもかかわらず、ただの一度の記録(しかも雌雄番で記録)
という不自然な状況で認定されていることにある。 朝鮮半島からロシアの沿海州
付近に生息していたのは事実であると判断されるが、真に日本に渡来していたか
については疑わしい。 

【そもそもツクシガモ属のカモとは】
私が、今回カンムリツクシガモの外観に興味を抱くきっかけとなったのは、斑が
持つ意味を図鑑で比べる過程でフィールドガイド日本の野鳥を見たこと、目の下
に描かれた白線に疑問を抱いたことにありました。前回記事でも触れていますが
ユーラシア大陸・アフリカ大陸の北半球中緯度付近の南北に越冬域・繁殖域を
もつアカツクシガモ・ツクシガモ以外のツクシガモは分布が極めて局地的で南半
球に分布しており、雌頭部が白色化する傾向が強い。ツクシガモは頭部に緑色
金属光沢を有するので、この要素が加齢により隠蔽される。雌の頭部が目周囲
でアイリング、眼鏡状。マスク状、頭部全体と一定の加齢による白化が観察でき
雌雄共に緑色光沢の翼鏡をもつ。また、次列風切後縁に白色部または白帯を
もつ幼鳥が成鳥となれば、この白色部が消失することも年齢判断上重要点。
ツクシガモのように体色が白いカモでは褐色帯や黒色帯の太さや辺縁明瞭度が
年齢・性判断上重要で、これに裸出部の色・形状を加味して判断する。嘴基部に
瘤を有するのは成熟したオスの成鳥ツクシガモで顕著であるが、嘴の上に反った
形状もまた、干潟上を逍遥しながら採餌して、頸を振りながら歩くこの種の生態に
沿った適応進化の結果と考えられる。他のツクシガモではシロガシラツクシガモに
ややその傾向が認められるが、他には類を見ないので、この辺が過去に2属に
分類された理由の一端なのだろう。過去ツクシガモ属がTadornaにアカツクシガモ
属がCasarcaに分類された時代がある。
マガモ属の渡り距離の長い種で北半球に分布するものは性的二形が明瞭。
カモ類を代表する多数種を包含するマガモ属の外部形態が、カモは雌雄で違いが
ハッキリしているとの印象を与えている。ところが、マガモ属でも低緯度要素や
定住性要素、島嶼性要素、南半球要素を加味すると、これに該当しないことが
多い。つまり雌雄共に年中地味でメスのような外観をしている。
また、冒頭で触れた通り、波状斑をもつのはマガモ属では通例オスに限定される。
ところがホシハジロやスズガモのようにスズガモ属のカモでは雌雄双方に波状
斑が見られる。ツクシガモの暗色体種も同様で、雌雄共に波状斑が存在する。
またマガモ属では雌雄共に地味な色合いの外観なのに、ツクシガモ属では雌雄
共に鮮やかな外観をしている。また、南半球生息のカモ類に関しては、北半球と
季節が逆転するため、換羽時期等参考にする場合は考慮しなければならない。
以上のような特徴から、カンムリツクシガモは北半球に生息しつつも分布が限定
され、ツクシガモ系の特徴とアカツクシガモ系の特徴が融合した美麗種だったと
推定されるのです。発表当時出ていた雑種説アカツクシガモとヨシガモ交雑の
推定は雑種推定のセオリーを逸脱しているし、雑種の外部形質は一般に固定
せず、どちらかの片親似だったり、ちょうど中間形質だったりしますから明確に
否定できます。なにより、現生のアカツクシガモ近縁種にその存在理由が見えて
くる部分があります。換羽は年二回、幼綿羽期の雛は他のツクシガモと大差が
なく、目から額周辺の白色部が微妙に違うのみ。幼羽に換羽が始まる生後一月
ほどで雌雄判断可能な差が、目先から目周囲に現れ、その年の秋には暗色では
あるが成鳥羽に類似した幼羽となる。推定で第四回の冬季にまとう羽衣4Wが
成鳥の冬季羽となる。多くのカモ類で冬季の羽衣が繁殖羽=夏羽と理解される
が、ツクシガモ類では2月頃に繁殖羽=夏羽となり4月頃から6月頃に繁殖する
と考えられるので、スズメ目の夏羽、冬羽の概念と大差ない。つまり幼鳥あるいは
若鳥と表現される期間が3年程度存在するものと考えられる。

【推定生息域・個体数・絶滅の理由】
朝鮮半島、中国北東部、ロシア沿海州付近で生息、他のツクシガモ類同様に
長距離の渡りはせず、せいぜい平地・海岸部と高原・山地等を行き来していた
程度の移動であったのではないかと考える。他のツクシガモがどちらかというと
南方起源のカモであるので、北半球の比較的寒冷地に取り残された、元々が
生息個体数の多くないグループであったのではないか。 また、標本に見る脚
と身体のバランス上、跗蹠以下の脚部が華奢でマガモより一回り以上大きな
身体を支えていることから、歩行安定性は乏しく、主に水上で水面採餌していた
グループではないだろうか。一般に水面採餌するカモの多くは直接飛び立ちが
可能なのだが、助走飛び立ちしていた可能性もある。 結果的に捕食者特に
人間の狩猟圧に弱く、警戒性が乏しく陸上動作が緩慢であった理由に銃砲に
よる狩猟、美麗な珍鳥ブームによる市場需要から、19世紀に一気に減少した
ものと推定される。 江戸時代後期に日本で市販されていたとの記述も残る
ため、江戸幕府に献上されて以降、その美麗な珍鳥はわが国でも需要が高
まり、後期に市販されるまでになったことが、絶滅に拍車をかけたとも考えられ、
洋の東西・古今を問わず珍鳥フィーバーは存在するようです。

【古記録に見るカンムリツクシガモ】
前回記事で紹介した「江戸時代の写生図にみられる絶滅鳥カンムリツクシガモ」
柿沢らにある資料の外に狩野栄信の「百鳥図」がカンムリツクシガモのようですが
ネット上のポスター画像からは原図でなく模写のように見え、柿沢らが第3番とし
島津重豪「写生図」にある漢渡、鴛鴦雌雄が原図と推定できる。
以下に柿沢らの集めた資料古図番号と名称、描かれているカモの推定年齢を
列挙したいと思う。
1番、松平頼孝氏蔵 「鳥づくし」歌留多の朝鮮鴛鴦 雄成鳥非繁殖羽
2番、島津重豪 「鳥類写生図」無名 雌雄 幼鳥第1回雌雄繁殖羽
3番、島津重豪 「写生図」漢渡、鴛鴦雌雄 同上
4番、農商務省 「鳥類写生」 竹斉てうせんをしどり 雌雄 第3回繁殖羽
5番、矢野氏蔵 「鳥類写生図」てうせんをしどり 雌雄 同上 堀田禽譜原図
6番、松森胤保 「大泉諸島写真画譜」 リキウ鴨 雄 幼鳥第2回繁殖羽
7番、高須侯蔵 「堀田禽譜」朝鮮鴛鴦雌雄 第2回繁殖羽
8番、多紀家蔵 「堀田禽譜」朝鮮をしどり雌雄  同上 5番の原図模写
9番、東京国博 「堀田禽譜」生替鴨雌雄 第3回繁殖羽 生替鴨とは換羽の意?
10番、東京国博  「堀田禽譜」生替鴨雌雄 第2回繁殖羽 元々の貼り合わせに意味
11番、東京国博  「水禽譜」朝鮮鴛鴦 雌雄 同上
12番、国会図書 「替鴨」雌雄 第2回繁殖羽 10番の原図
13番、国会図書 「啓蒙禽譜」鴛鴦てうせんおし雌雄 第2回繁殖羽 7番の模写
14番、国会図書 「鳥類写生図」をし鳥 雌雄 第2回繁殖羽 7番の模写
15番、滝沢馬琴 「禽鏡」亀田鳧 雌雄 第2回繁殖羽 7番の模写
16番 東京国博 「唐船持渡鳥類」雌雄 第2回繁殖羽 7番の模写
17番、東京国博 「長崎渡来鳥獣図巻」雄 成鳥繁殖羽
18番、田中芳男 「博物館禽譜」朝鮮鴛鴦雌雄 幼鳥第1回繁殖羽 2番模写
19番、田中芳男 「博物館禽譜」雄  関根雲停画 第1回繁殖羽 飛翔画
20番 田中芳男「博物館禽譜」リキウカモ雄 同上

20番画像から、次列風切後縁白帯での年齢推定が可能と判断。
顔に見える雄の眼下白帯が幼鳥第1回羽に特徴的と推定した根拠となった。
資料中考察で柿沢らは高須侯型とか多紀家型とか我が国に現存する剥製標本との
写実性について論じているが、私は純粋に年齢的観点で図を閲覧した。
また、9・10番の生替(ふかはり、ふかわり)鴨とははえかわり=換羽の意で
原貼り合わせに意味を持たせたものではないかと雄・雄、雌・雌の間違い指摘には
疑問を感じる。確かに作者に重点を置けばその通りだが、年齢により外観変化する
ことを説明したとすれば、生替は固有名詞でなく状態を説明したものと言える。
古資料からは知識人の間で用いられた現在でいう標準和名がちょうせんおしどり。
簡略名がおしどりで江戸後期市民に分かりやすくするため、リキウ鴨つまり利休、
堺の茶人利休から灰色がかった体色に因み、利休茶・利休鼠の伝統色名からの
名付けであったのではないかと思う。こちらは俗称と言えるだろうか。 亀田鳧は
単に飛来した北海道の村名を冠しただけの呼称。

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カンムリツクシガモ 雛と幼羽想像図 雌雄はよく似るが目先から目下の濃色部
辺縁が暈ける、白色アイリングが出現するなどして、識別可能だったと推定する。
全体的に弱齢個体ほど暗色であったと想像するが、ここまで赤味はなかったかも
知れず、背や脇の下半分はもっとグレーがかっていた可能性も高い。
過去に一度だけ、夢の中でカンムリツクシガモに出合いました。 仕事を辞めた後
カンムリツクシガモを探して南北統一された朝鮮半島北部から、ロシア方面に向け
探検旅行にでかけ、海岸にほど近い河口部でついに遭遇した夢でした。
さかなクンがクニマスを再発見したいきさつには、湖固有の種を移動させたという
過去の人為要素が関与していました。 もし、カンムリツクシガモが今なお絶滅を
免れ生きているとすれば、何かこのような偶発要素がなければ、可能性は極めて
小さいと考えられるので、個人的には人知れず生きていてほしいですが、厳しい
でしょうね。ここまで、長文にお付き合い頂き、まずい勝手想像の絵を御笑覧下さった
ことに感謝します。

以下、8月10日追記
【想像画を描く上で明らかにしていったこと】
・目の下にある白線・黒い斑の意味
高野図鑑カンムリツクシガモ雄画像の目下にわずかに描かれた白線。これが全ての
きっかけだと書いた。古画にもこの白線が明瞭に描かれているものが多く、若い雄は
雌の外観に似る一般的な特徴から、これは幼若要素のひとつだと仮定した。ならば
他にもそれを裏付ける要素が描かれた古画が存在するのではないかと、古画資料を
見てみると、上記20番 「博物館禽譜」リキウカモ雄の翼画像が現生ツクシガモ翼の
上面と同様に描かれ、次列・初列風切後縁に幅広の白帯が描かれていた。 しかも
その図のカモには眼下白帯が明瞭だったので、繁殖羽・非繁殖羽の差ではなく年齢
に起因するものと判断して、眼下白帯は幼い雄を意味するものと推理決定した。
また、コペンハーゲンの第1標本メスの耳羽状黒斑であるが、これは頭巾状の黒い
地色が眼鏡白帯及び嘴元白斑の加齢による肥大化で融合消去されわずかに残存した
地色の一部と考えた。 現存するカンムリツクシガモ標本では最も齢の高い個体で
第3回冬季羽(3W)あるいは成鳥と考えられる。 黒田博士が入手した第2、第3標本
個体は恐らく第2回冬季羽(2W)で同齢の雌雄ではないだろうか。一歳程度若目に
判断している可能性もあるが・・・外観上ツクシガモ類の疑いのない成鳥とは考え難い。

・虹彩の色
乾燥した標本で失われてしまうものに、生存時の行動や鳴き声と共に裸出部の色が
あって、鳥で言えば嘴、目、脚の色などがこれに該当する。したがって生時観察の
詳細記録がラベル等に記されていれば、かなり参考になるが、大抵の場合そのような
記録が付記されていない。 また、乾燥標本中に残存するメラニン色素や他の色素の
粒子を元に経年度から元来の色を復元する技術が確定していれば、それも参考になる
と考えられるが、嘴・脚はそれで判っても、腐ってしまい置き換えられる眼球については
復元が難しいだろう。そんなわけで、当時の絵がかなり参考になるが、虹彩色は一定
の色では描かれておらず、黒っぽかったり明るい色だったりするが、概ね二重リング状
に描かれている点から雌雄共に淡色虹彩であると判断。近縁のシロガシラツクシガモ
虹彩がクリーム色をしていることから、クリーム白色とし幼羽や幼若時の虹彩色を推定
やや暗い灰褐色とした。この辺はホオジロガモ雌の虹彩色を思い描いてもらいたい。
なお、眼球周囲の裸出部にも色があって幼若時薄い黄色から成鳥では肉色がかった
桃色のアイリングがあったと17番 「長崎渡来鳥獣図巻」より推定。 嘴や脚も桃色系
の色であったとするのが古画の共通した特徴。現生カモ類からは色の濃さが嘴>脚色
であったと考えられる。

・冠羽の形状・長さ
冠羽の描かれ方が古画により、かなり相違している。例えば17番画像はかなりリアル
に描かれているのに馬のタテガミ状で鴛鴦の冠羽型。それぞれの羽毛基部が後頭部
の間近な部分から生えているとの描き方。しかし実際は標本に見る通り頭頂付近の
長い冠羽が後方になびいているキンクロハジロ型だろうと判断。結果的に年齢によって
長さの異なる冠羽をもっていたとした。

・体羽の色と波状斑
これに関しては古画に三列風切がどこで初列風切の先端がどこにあって、翼はどの
ようにたたまれているのかを理解しながら描かれていることが皆無なので、大体の推定
をするにとどまる。下尾筒の尾羽基部は白色部があり、その腹部側はツクシガモ属の
カモ達に等しく橙褐色。三列風切中心部付近から加齢・繁殖時期に呼応して同様の
橙褐色が拡大していったと思われるが詳細は不明。成鳥となるにつれ雄は灰色傾向、
雌が褐色の地色で淡色化傾向にあったものと思われる。ただ顔の部分に関してはオス
で繁殖羽に赤褐色となった(17番画像)と推定。メスは頭部白色化傾向により老成鳥
では冠羽を除いて白色となったように推測する。幼羽時点では暗灰色地に極めて細い
白色波状斑が存在。加齢と共に地色と白色波状斑に色味が逆転。オスではかなり白い
灰色の成鳥羽で波状斑は薄い灰色の緻密なもの、遠目に白に近い色だったと思う。
雌も同様に地色と波状斑の逆転が起きるが、波状斑が雄のように緻密でなく太く黒い
もので波状斑の密接・曲部で構成される胸部は黒っぽかったかもしれない。

なお、現生アカツクシガモ成鳥・幼鳥や幼綿羽から幼羽へと換羽していく様子は
松江フォーゲルパーク公式ブログにあるアカツクシガモの写真が想像図を構成するに
あたりとても役立った。またNew Zealand Birds OnlineのParadise shelduck画像や
Chestnut-breasted shelduck画像が非常に参考になった。 羽色や加齢により雌
頭部が白くなる点、雌にエクリプス羽が存在することなどParadise shelduck画像を
参考にした部分は大きい。

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冠筑紫鴨、私的再考

カンムリツクシガモ、このカモを標本で見た方はいても実物を見た方は
世界中を探しても、おそらく誰もいないことと思う。
黒田長禮博士が標本を入手した時点で既に絶滅していた可能性のある、
標本ですら世界に3点しか現存しないツクシガモであることは、多くの方が
知るところであると思う。確実に生存していたと確認できるのは20世紀の
初頭頃であろうと思われる。
それでも現在我々がこのカモについて知りうるのは、数点の剥製標本と
本草学の古画、それに雑種説を覆す説得性のある知識をもった先人の努力
に負う部分が大きい。

以来日本に現存する雌雄本剥製標本、それを元に描かれた図がこのカモの
成鳥の姿であると信じられ、多くの書籍の成鳥繁殖羽の画像と並べてこの
画像が用いられてきたことになる。
しかし、私は最初にこの画像を見た時から非繁殖羽に違いないと考えていた。
フィールドガイド日本の野鳥の図版は標本通りの色彩の嘴・脚色で描かれ、
頭上部と下部の間にわずかに白線のあるオスが描かれている。 この画像
を見た途端に高野氏の並はずれた洞察力に驚嘆することとなった。 標本の
ツクシガモさえ見たことのない私に、この画像の評価を下すことはできないが
目にした事実のみを画像に記し、他の画像に記されていないわずかな白線を
描き入れたことに、高野氏の鋭敏な感性を感じるのである。

cristata-breeding
上段左、オス第1回夏季羽 上段右 オス成鳥繁殖羽 下段左 雌第1回夏季羽
下段右 メス成鳥繁殖羽頭部

雌雄、成幼についての指標を記事にしながら、オシドリとカンムリツクシガモの
類似性に着目しながらラフに想像した繁殖羽雌雄カンムリツクシガモ外観想像図。
着色こそしていないが、ここ数日読んでいる「江戸時代の写生図にみられる絶滅鳥
カンムリツクシガモTadorna cyistata (Kuroda)」 柿澤亮三・菅原浩 著
山階鳥研報 21 1989年 の資料と照合すると驚くほどの一致が見られる。
この報文中、17番の資料画像 「長崎渡来鳥獣図巻」にある朝鮮鴛鴦オス画像こそ
成鳥繁殖羽と私が想像する画像なのです。肩羽他が意外に淡色に描かれていること
それに頸部が赤褐色に描かれていることのみ私の想像外だったが、他はそのまま。
後日全体像や他の想像画も併せて紹介しようと思う。

cristata-mandf
8月4日 復元想像図 アップロード

ツクシガモは世界に7種。我が国でも観察できるツクシガモとアカツクシガモは例外的に分布域が
広く、日本はその東端に位置する。そのため、西日本の日本海側での記録が比較的多く、瀬戸内
海の終点である大阪の埋立地ではツクシガモの繁殖記録(1985年、堺市)もあるが、多くは幼鳥
若鳥であり、成鳥の繁殖羽が観察できるのは稀である。
そのような地理的背景、群れの年齢構成要素、日本の古画に見る資料及び命名者である黒田長禮
博士の著書「雁と鴨」にある記述、ネット上の第1~第3標本を画像処理して得られた知見を総合し、
上に挙げる画像を描いた。雄成鳥の繁殖羽(2月~6月)では嘴上部にツクシガモほどではないが、
瘤が存在し嘴色はやや赤い桃色、顔は赤褐色、虹彩は乳白色~レモン色、首輪もあったはず。
雌はツクシガモの雌が特徴とする頭部の白色化傾向が顕著で、老成した雌成鳥では冠羽を除いて
頸と上胸の境界部までは白っぽいはず。若鳥では目の周囲に白いオシドリ雌に似た縁取りがある
ものの、加齢と共に嘴元白斑や頬の白化により、最終的に縁取りは消失するものと推定される。

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似てるぅ! 7

・ 胸部暗色部及び上・下尾筒暗色部 (雄性指標)

Anseranas semipalmata カササギガン
Branta leucopsis カオジロガン
Branta ruficollis アオガン
Tadorna tadorna ツクシガモ
Tadorna radjah シロガシラツクシガモ
Tadorna cristata カンムリツクシガモ
Tadorna tadornoides クビワアカツクシガモ
Chloephaga poliocephala コバシガン
Sarkidiornis melanotos コブガモ
Chenonetta jubata タテガミガン
Aix sponsa アメリカオシ
Aix galericulata オシドリ
genus Anas マガモ属
genus Netta アカハシハジロ属
genus Aythya スズガモ属
genus Somateria ケワタガモ属
Polysticta stelleri ホンケワタガモ
Histrionicus histrionicus シノリガモ
Clangula hyemalis コオリガモ

胸部は斑があったり、雌雄共に胸にパッチがある場合には淡色の
パッチのある方が雌となる。最重要要素は上尾筒の黒味。

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