をかしの庭

なにげない日常の中にも、心ときめく現象や出会いがあります。 遠くに出かけずとも、内面に大きく語りかける身近な映像、そんな写真がお届けできれば良いのですが…。

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PEGの前と後

あまりプライベートなことを記事にするのは気が進まない。
介護を日常としている方たちにとって、それは苦痛とか喜怒哀楽とか感情的な面より
むしろそれが日々の生活そのものだから。

父が高血圧と診断されて通院しだしたのは、もうズーっと昔30年以上も前のこと。
まだ学生だった私は発売されて間なしの電子式血圧計をアルバイトして買った。
けれど父は一向に自身の血圧や健康を省みることなく、やがて脳内出血に至ってしまう。
ただ、初回は幸運なことに血腫の部位が身体動作に影響する場所でなかったために、
後遺障害を残さずに済んだ。

それから更に数年が経過して、父の生活習慣に乱れを感じるようになった頃、
またも脳内出血を起こしてしまった。 さすがに左半身不随という大きな障害を
負って初めて父は事の重大さに気づき、退院後の生活や年金、障害認定にと自ら先を
切って奔走した。 脳神経系の損傷は治らないと知りながら、このとき私は父に本気
でリハビリを頑張ったら治ると嘘をついた。申請によって入手した車椅子の背には
「最幸達成号」の大きな文字があった。 最高達成号の誤記ではない、父母二人の名
を織り込んだネーミングを見て、その意気込みの強さに圧倒されたからである。

以後、何度も卒中を繰り返したが、自身脳腫瘍の後遺障害を抱えながらのドクターや
弟の友人が早期のリハビリを担当してくれたりしたお陰で、救急入院するたびにひとつ
またひとつと緩やかに身体機能が衰えていった。この病気につきもののケイレンの再発
に対しても事前察知ができる様になり、異変やケイレンが起きた時に家族は必ず父の傍
にいて対応できた。
寝たきり状態になったのは、救急車を呼ばずに異変を感じて救急外来に駆けつけた後の
ことで、この時の医師の対応は今でも鮮明に覚えている。翌朝まで無処置だったのだ。

本日のタイトルにあるPEGとはテントを張る時に地面に突き刺す設営用の道具ペグでも
なく、ポリエチレングリコールの略称でもない。現在では主流となった胃ろうの一方法
経皮内視鏡的胃瘻造設術のことである。

新しい世紀を迎えてしばらくした頃からであったろうか、政府の医療費抑制策の一環で
長期療養病床から在宅医療推進へと舵が切られ、多くの医療保険点数が減額されるなか
従来よりさらに2000点もの増額を得た手技、それがPEGでした。
私自身は内視鏡の開発された我が国で患者に恩恵の大きい、入院期間も短くて済む手術
は喜ばしいことだと思っているし、それで財政負担が削減されるのなら尚更いい。
しかしながら、この時分から患者や家族に十分な説明もなく、ほとんど病院だけの都合
でこの手術が行われ、あるいは行われようとしたことがあるのも事実。
PEGが適応になるか否か以前にひとつハッキリ決めておいた方がいいことがある。
それは遺言状や臓器提供意思カードでもなく、人工心肺や人工経管栄養に依存せざるを
得なくなった場合の意思表示なのである。
人はだれも最悪の事態を想定して日々生活しているわけではないが、この意思決定を
していなければ残された家族は大いに悩むことになる。 そうならない前に、どの様な
状況になったら医療的処置を必要としないのかを家族に話すなり、書き留めて置くよう
にしたいものだ。
IC、インフォームドコンセントという言葉が言われるようになって久しい。しかし、
必要な情報を的確に患者・家族に伝えた上で実施される医療行為は日常的だろうか?
この辺のことを今後しばらく思いつくままに記事にして行こうと思う。

最近の悩みのひとつであったデイサービスに関しては中止、訪問入浴に振替対処して
ケアマネージャーも通所施設に所属しない別の方に変更することにした。
懸案のひとつが解決して一息ついたようだが、耳鳴りや閃輝暗点が見えるようになり
自身の体調もはかばかしくない。

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