をかしの庭

なにげない日常の中にも、心ときめく現象や出会いがあります。 遠くに出かけずとも、内面に大きく語りかける身近な映像、そんな写真がお届けできれば良いのですが…。

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「鳥」とシラサギ

大正十四年九月二十九日、我が鳥見フィールドに近づいた男は、眼前の野原に散らばる白い大形の
鳥を南海高野線を走る列車の車窓越しに注意深く見ていた。

男の名は榎本佳樹(えのもと よしき)当時、高野山中学に勤務しながら淀川河口のシギ・チドリ
を観察するためよく南海高野線を利用し、中百舌鳥駅付近でシラサギ類が多いのを知っていた。
彼はそのことを日本鳥学会の学会誌「鳥」第25号に報告したのであるが、見かけた白い鳥を
軽率にコモモジロ(チュウダイサギ)と断定したことを後悔して「鳥」第26号において新たに
「大仙陵付近のサギ類偵察 」と題する雑纂を投じたのであった。(昭和3年9月) 注・1

私が生まれるずっと以前のことであるので、付近の様子は想像がつかないのだが、当時仁徳陵
(大仙陵)には万羽規模のサギ類の集団営巣地があって付近の農地や小川や池には多数のサギ
が飛来していたものと考えられる。私が生まれてからしばらくの間もその営巣地は存在したが
付近の宅地化や農地の大規模改革、強力な市域拡大策により大阪万国博覧会が開催された年まで
には消滅してしまったようだ。
幼い頃国鉄阪和線百舌鳥駅を過ぎて間もなく見える松の木上のサギの巣とポツリ、ポツリと白く
見えたサギの姿は今も遠い記憶の中に残っている。

後年、この付近にシラサギが多かったことに因み、新しく建設された公団住宅名が白鷺団地と
なり、新駅も白鷺駅と名付けられた。
百舌鳥駅、鳳駅(JR)や中百舌鳥、百舌鳥八幡駅(南海高野線)と狭い範囲に鳥に因む地名が
多い理由のひとつとなった。
百舌鳥はモズで百舌とも鵙とも書くので読みが漢字名より少ないというのは、ハゼ(魚類)等
でも知られることで、唯一鳥の種名です。
鳳は大鳥大社に依るもので日本武の白鳥伝説の白鳥を意味すると考えられるが、鷲鷹や伝説上
の霊鳥を意味する場合もあり、定かでない。

白鷺駅の北東には大泉緑地公園があり、山岸哲 氏(前山階鳥類研究所長、元日本鳥学会長)が
ここを舞台にモズの調査をして『モズの嫁入り』(1981)-大日本図書を著し、百舌鳥の地名
についても触れている。
また、かつて堺区大浜公園に存在した国内初の本格的水族館であった堺水族館は初代日本鳥学会
会頭の飯島魁 氏が設立と管理を担当するなど、堺と日本鳥学会の縁は意外に深い。

榎本氏がサギ類を観察した当時と現在とではその種構成に大きな差が見られ、全体的には減少
傾向にあるサギ類にあって著しく減少し府内での繁殖すら一時見られなくなったチュウサギの
繁殖の衰退と現状を見るにつけ、記録を残すこと、科学的に事実を検証することがいかに重要
かを知ることができる。東日本大震災や十津川の大水害を先人は記録して後世に伝えていた。
記録は活用されなければ意味がない。

im-egret
堺市東区農耕地上空を飛ぶチュウサギ-9月上旬

次回以降、鳥学会誌「鳥」に見られた野鳥と当地で観察された鳥との縁について少し触れる。


注・1
榎本佳樹 氏については日本野鳥の会大阪支部の ・「野鳥便覧」を読む に詳しい
ただし閲覧はpptファイルなのでマイクロソフトのパワーポイントまたはその互換ソフトか
パワーポイントビューアがインストールされている必要がある。

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