をかしの庭

なにげない日常の中にも、心ときめく現象や出会いがあります。 遠くに出かけずとも、内面に大きく語りかける身近な映像、そんな写真がお届けできれば良いのですが…。

ハシビロガモ雄の今

ある人を探したいと思う場合、あなたならどうしますか?
大人か子供かで見当をつける場所も違えば、男性か女性かで出入りする場所が
違いますよね。そして、その人の顔や名前を手掛かりにします…ね。

ところが、鳥の調査記録を見ているとバンダーが標識した個体をリング等で
確認する以外、個々の鳥に関する調査記録はないように思います。むしろ場所
や時間を決めて不特定多数の鳥を数える調査が多いのではないでしょうか。
巣の調査などでは、当然出入りする鳥は営巣種のつがいであることが多いとは
思いますが、個体が何かの理由で入れ替わった場合気づくのでしょうか?
つまり個を追う調査ならば、直接結論を導ける内容も、不特定多数の傾向調査
からはほぼ統計処理上一定の結論が導かれるとしか言えません。
それだから、数のマジックに幻惑されたり過去の同様内容調査の結果を踏襲し
一度の誤判断が以後の方向を決定づけてしまう部分も感じます。

カモにまつわる外観判断もどこに起源があるのか、ある種のカモ総数から雄の
成鳥を差し引けば、残るは雌だけという風潮を強く感じます。もちろん、雌雄
幼鳥も含まれるわけで、この幼鳥の存在を欠いた論理や捕獲調査までしている
にもかかわらず、ありえない数字が出ているものも見ます。
私が思うに、調査場所を拡大しより多くの情報を漏れなく記録しようとするの
も結構ですが、個を丁寧に見ていく意識なくして数だけ追うのはいかがなものか
という気がします。 レース鳩を飼育している方はその飼い鳩500羽程度の
個体識別ができるといいます。私も常時観察している場所の比較的特徴的なカモ
ならば50羽程度個体識別できています。不特定多数のカウント記録を図表や
グラフで考察することが科学的で、個体そのものの行動結果を文章で記すことが
非科学的だなんて言えるんでしょうか?

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今年3月中旬のハシビロガモ幼鳥雄と本日撮影のハシビロガモ成鳥雄

このカモはあまり群れないとされているが、30~70羽程度の群れならざらに
観察するし、それが一固まりで円周採餌するのも見られる。 また、渡去前の
3月頃にはひとつの池がこのカモに埋め尽くされるようなこともあり、関西では
春頃に1000羽を超す群れも見られる。日本は広いので関東と関西では違うの
かも知れない。また換羽はこのカモも他のカモ同様、年2回の換羽をすると考える
が、果たしてサブエクリプスという呼称は妥当なのだろうかという疑問があって、
成鳥の繁殖羽への換羽が遅く2~3月、春頃というのはまったくの誤認で上画像
に見る通り、老成した成鳥が例年繁殖羽への移行をほぼ終了するのは11月末頃。

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