をかしの庭

なにげない日常の中にも、心ときめく現象や出会いがあります。 遠くに出かけずとも、内面に大きく語りかける身近な映像、そんな写真がお届けできれば良いのですが…。

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父逝く

本夕、父はこの世に帰らぬ人となりました。
昨日最期通告を受けたのは、私が不在の母のみ。
先日の自治会活動で、風邪から、面会を自粛したたった2日の出来事でした。
長年父の傍にいて、最期は病院でなく自宅で迎えさせてあげたかったのですが、
本夕容体急変と気管切開の承諾を求める電話が入り、15分後には病室に到着
していましたが、到着時心電図波形刻まず、強心剤により時折拍動が見られたもの
の、正常な心拍に戻ることはありませんでした。あまりに呆気ない最期にもう少し
早い連絡が…とは思いましたが、本来の臨終には立ち会えず、死亡宣告が少し早く
とも良かったのですが、弟家族の到着都合で少し延ばしてもらい、結局母と私が
死亡宣告を受けたのは、午後6時36分。本来の臨終より25分ほど遅れの宣告を
受けたのでした。

父は昭和7年京都醍醐の出身、幼少時は修学院離宮傍で生活し、父方の親戚を知る
最後の人でした。生前、私が幼少時に2度ほどお墓参りに行きましたが、敬虔な
信徒でも檀家でもない父はその家柄や宗教について語ったことは皆無でした。
親戚から伝え聞いた話では、生家は干物商、で父が小学校1年生の折、脳卒中を
苦に井戸に身を投げ、幼くして奉公に出され、流れ着いた先の九州の炭鉱で父母・
親戚が出会ったようです。父も母も双方が兄弟・姉妹で結婚した血の濃い家族です。
生前は華美な葬儀を嫌い、空からの散骨を希望していました。
確かでない記憶の片隅に残るのは、大文字の送り火に合わせて、確か黒谷の墓地を
訪れ、夜までの時間、会社の商用車で貴船川を遡上、鞍馬寺に行ったのを覚えて
います。うるさいほどにアブラゼミが鳴き騒ぐ暑い日だったのを覚えています。
・・・ということで父方の宗教は浄土真宗、家紋は梅鉢だろうと思いますが、何ら
確かな根拠はありません。葬儀は親戚のみのごく近親者のみで行い、最低ランクに
近い質素なものとするつもりです。事前に入会していた互助会員の割引を見越して
予想していた金額と提示された金額はとてもかけ離れたもので、残された遺族が
今後の生活をしていく上で、6か月分に相当する金額でしたので、即断せず、明日
最終決定するということで、父を葬儀ホールに残し、ひとまず帰宅。
最初に高血圧で通院しだしてからだと、38年、半身不随で障害者手帳1級を取得
してからでも27年ほど、転居理由が父のリハビリ優先が目的でしたが、病院体制
の変更や医師の医療過誤、介護施設による傷害で幾多の危機を乗り越えてきました。

ここに、存命中お世話になった全ての方々とネット上で我々家族の健康にご心配
頂いた方に、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

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