をかしの庭

なにげない日常の中にも、心ときめく現象や出会いがあります。 遠くに出かけずとも、内面に大きく語りかける身近な映像、そんな写真がお届けできれば良いのですが…。

最後の気遣い

父の容態急変の報を聞いた時、野菜を刻み終え、肉と野菜を炒め、もう少しで
シチューのルーを投入するところでした。本日、葬儀およびその後の書類手続きが
すべて完了し、冷蔵庫に保存していた鍋を火にかけて3日遅れのシチューが完成。

葬儀の手配や親戚への連絡、母の食事等、この間すべて一人でこなしました。
前々日の風邪は、沈痛解熱剤と精神的緊張で治ったかのように見えていたのですが、
昨晩はまた39℃の熱があって、今朝も38.6℃の熱です。鼻水が多くなり、鼻
の奥が火事のようで、気管支炎なのか奥底に響く低い咳がでます。現在の熱は少し
下がった感じですが、身体が重く、けだるいです。
父の葬儀があると伝えており、エレベーター工事の最終予定表を各エレベーター前に
掲示の上、各戸に配布するよう市職員に言っておいたはずなのに、本日急かせてやっと
各戸配布したものの、掲示用は5部しか準備しておらず、更に必要部数コピーして
前回の案と掲示を入れ替えねばなりませんでした。連絡してくるタイミングも最悪なら
その仕事も随分イケてません。

姪の結婚式への参加の是非を知らせる期限が本日でしたので、父が息を引き取った以上
参加せねばなりません。その期限を知ってのことに思える臨終タイミングでした。

今回の葬儀は会食費用に11万円ほど現金持ち出しがあったものの、それ以外は会費が
充当できました。父の家の宗派は判明しましたが、一度も仏壇を家に置かず、墓参りで
さえ数度止まりだったわけですから、無宗派葬ということにし、親戚の香典も辞退し、
一般及び親戚所縁の友人・会社、自治会関係の弔問及び香典も辞退しました。
礼服は母も私も何とか昔のものが使えたのですが、白いシャツを母がどこかに収納して
わからなくなっていて、ベージュのシャツで代用しました。
おまけに前日に葬儀社の方に持ってくるよう言われた死者のおにぎりや2人の数珠も
すっかり忘れてきてしまい、喪主が手ぶらという締まらないスタイルになりました。
でも、式自体はさすがにプロの仕事、スムーズに行きました。ナレーション担当の女性
に予め数点の質問が記された質問書を貰っていました。そこで父の好きだった曲名は
という欄に「ここに幸あり」を回答しており、直接の聞き取りでも、また同じことを
質問されたので、怪訝な顔で「そうですか、この曲は準備できる曲リストにない?」
と答え、提示された別曲の早春譜に変更しました。葬儀のBGMで流す曲にそら、ここ
に幸ありはないわなぁ!あとから母が大笑いして気づきました。そうですよね、単に
本人が好きな曲ならなんでもありですが、葬儀のBGMなんですから。無宗派葬なので
坊さんは呼ばず、読経の代替がBGMなんです。

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