をかしの庭

なにげない日常の中にも、心ときめく現象や出会いがあります。 遠くに出かけずとも、内面に大きく語りかける身近な映像、そんな写真がお届けできれば良いのですが…。

認知症状全開の母

父の葬儀でも式場の部屋を間違えたりして、自分で笑い飛ばしていた母。
当日は私も気が張っていたし、久しぶりに大勢集まった親戚のおかげで母も明るかった。

ところが葬儀を終えて、一通りの手続きも終わり、年金の申請等で思わぬ母の記憶の
綻びが露呈することとなった。
以前から、母が計画的に物事を進行できないことは、息子である私が痛切に感じていた。
ところが、隣人や偶に会う方々は年をとれば誰にでもあることとして、深刻な認知症を
過小評価してしまうことが多い。
たとえば肉類を中心とした生鮮食料品は消費期限が短く、新鮮さこそが価格の裏返しとも
言えるのだが、母は必ず週2回行く買い物の前回か前々回の肉類を料理に使用する。
買い物をしたときには今夜と明後日にコレ!と決めているはずだが、億劫になって変更した
メニューが繰り越して、必ず消費期限を過ぎた肉類で料理することになる。毎回臭くて、
食感が悪く、傷んだ食材をわざわざ使っているということになる。ここで、一度古いものを
棄て、期限内のものを料理に使えば全て問題ないが、これが母にはできないし、味覚・嗅覚
その他あらゆる感覚の鈍った母にはその違い自体が分からないのです。
買ってきた食材の保存にも大いに問題があって、先日はクッキーサンドのアイスクリームを
戸棚にしまい、丸一日経って冷凍庫に黙って収納していました。開封したら中身はドロドロ
変形して原形をとどめていません。また味噌や調味料など、パッケージが似ていたらまるで
区別できません。平気で別のものを買って、いつもの味がでないとボヤきます。
母の行動を見る限り、何かを意思どおりに遂行するという姿勢が見えてきません。おおまかな
義務感で決まった曜日に何を買い、何を準備して、途中車に注意して通行する、買い物に必要
な現金を準備するといった、ごく自然なルーチン作業がその都度いびつな再現性のない行動に
終始しているように見えます。道路を渡るタイミングひとつでも私が制止しているときに渡る、
渡るよう促すと固まってしまうなど、目で見た内容と実際の行動にタイムラグが多すぎて処理
不能に陥っているかのように見えます。

本日は自身の葬儀費用にと契約した保険の銀行自動引き落としの手続きに同行しました。
以前は一人で行けた隣駅までも自分一人では行けないのです。そして、手続きに必要な印鑑を
出して準備するように言って、番号札をとりました。出てきた印鑑は全て父の手続き用のもの
で、必要な印鑑は持参していませんでした。結局無駄足でしたが、年金手続きもあってそちら
に向かうことにしました。今度は指示された用意すべき書類の戸籍謄本等がなくて、またも
出直し後日同じ目的で役所等を回らなければなりません。
帰宅して少し鳥見に出ました。 その間に印鑑をなくした。現金と保険証を盗難にあったと
帰るなり訴えてきます。印鑑は普段収納していない洗濯物の間に隠してありました。現金と
保険証はまだ出てきません。こんなことが毎日のようにあり、盗られたと大騒ぎし、コンロ
にかけたヤカンは空だき、鍋も焦がすし、ヤカンの裏についたラップが燃えていても一向に
気づかない母はやはり一人で家において仕事に行けない。

PageTop