をかしの庭

なにげない日常の中にも、心ときめく現象や出会いがあります。 遠くに出かけずとも、内面に大きく語りかける身近な映像、そんな写真がお届けできれば良いのですが…。

同じことができない

母の行動がおかしいなと感じるようになって、思うのは同じ行動ができないこと。
買い物やいつも通う病院などは同じルートで同じことを繰り返し、何も考えなくとも
無意識にこれらの行動ができてしまうのが普通。

この前の土曜の夜、回転寿司に連れて行けと突然言い出した母。
週末の午後6時から8時頃は一番混んでいるいる時間帯なのに・・・
以前は近隣にもたくさんあったが、統廃合がすすんで、車で15分程度走らないと
お目当ての店にたどりつかない。車に乗せてしばし、「どこまで行くんや!」と
聞くので、今はしばらく走らんと前の店はないよと言うと、「そうやったなぁ」と
返答するも、最近の変化は何も覚えていない。昨秋は母の要望に応えるべく別店
に向かったところ、あるはずの場所に寿司屋がない。普段は通らない道で夜の幹線
前にパトカーがいるのに堂々とUターンしたら、なんと転回禁止道路。 しっかりと
違反切符を切られて、別の食事をして帰宅したことがありました。 母が同乗している
場合と蜃気楼観察では長年の違反なしが嘘のように、違反を取られます。

お目当ての寿司屋に到着して、取り敢えず数種の寿司と茶碗蒸し等をオーダー。
待ち時間に回ってくる寿司に手を出すのは問題ないのですが、何度言っても他人の
オーダー品に手を伸ばします。うっかりよそ見でもしていようものなら、違う色の台に
乗せられた寿司を平気で食べようとするのです。このお店で寿司を食べるようになり
30回以上にもなりますが、未だにシステムが理解できない母なのです。 場合に
よっては伸ばした手を思わず叩いてしまうことがあります。一度他人の寿司に手を
つけてしまうと後々面倒ですから。

買い物に行って、お目当ての品物がどこにあるかわからない、数日内の献立も考えず
買い物だけして、保存条件や消費期限を無視して保管なんて日常的ですから、食材の
半分ほどが毎度無駄に処分されます。もはや、料理する味覚も必要性も感じていない
ようなので、その料理と呼べるべきものかを食べることが忍耐です。けれど、日常動作
の自分で判断して動くという任意性を奪ってしまうと、認知行動の異常が加速するよう
で制限をかけづらいのが本音です。

病院の見舞で道路を横断するとき、青信号で渡る私たちを若い女性が接触しながら
強引に赤で自転車横断していったり、この前の買い物では高齢男性の運転する
軽自動車の後ろを通りかかった際、後方を確認せず後退してきて母に接触、思わず
私がその車のリアハッチを掌で叩いて事なきを得ましたが、当の本人はその事実が
理解できておらずに、自分がふらついて接触したくらいに思っているのが怖いです。

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