をかしの庭

なにげない日常の中にも、心ときめく現象や出会いがあります。 遠くに出かけずとも、内面に大きく語りかける身近な映像、そんな写真がお届けできれば良いのですが…。

矢サギ

母の勘違いや理解不足からくる暴言がひどくなってきた。
私自身は食事の世話や洗濯物等、必要な際は自分で行っていると思っているが
母の頭の中は未だに自分が世話していると思っているらしくて、期限切れの食材を
使ったとんでもない味の料理を強要したり、バスタオルや下着は黙っていれば半月
は洗濯しないなど、とても頼りにできる状態ではない。 それでも、洗濯や料理や
買い物をしてもらうのは、日常の作業を制限しないためでもあり、本人の意思を尊重
しているためだ。口座の管理は仕方なく私がしており、買い物や医療費等必要な時
にその都度手渡している。 その通帳を最近見た母はATMという費目で大金を無駄
使いしていると、文句を言いだした。
年金にしろ、給料にしろ口座に振り込まれるので、必要に応じて引き出して現金を
手にしなければ使えないので、それが通帳にはATMと記載されるのは常識だし、
誰でもわかる事だが、母にはこれが理解できない。10分前に苦労して説明して一旦
わかったことも、10分経ったらまたおかしいと騒ぎだす。日常はこれらの繰り返し。
要するに、認知症というのはパソコンでいうデスクトップ作業の一時メモリーに支障が
あって、ハードディスクには問題がない状態。CPUやメインメモリーに問題があるので
直近の記憶や判断・決定に問題があっても、一定時間以上過去の記憶はほとんど
問題なく再現できる。都合良くそういう場面に遭遇しなければ、他人には認知症だと
いう理解がまずできない。ところが、認知症というと程度の差が大きいのに徘徊や
異物食などがクローズアップされすぎて、恍惚の人のみが認知症であるといった認識
をする方が今でも結構多い。

関係ない話が続いたが、大分県で目撃されたシラサギのはなし。
ニュースで見る限り、チュウサギで問題ないようだが、どれも一律にシラサギに矢が
刺さったまま飛んでいるという。画像からは矢羽根のない矢が腹側から背にかけて
貫通している。状況から大量の出血はないようなので、血管や致命傷となるような
臓器損傷はないと考えられるので、有効で安全な捕獲法が見つからないのなら無理
に保護しないのもひとつの選択かと思う。釣り具で傷ついた野鳥や人間が傷つけた
野鳥と出くわすことが、しばしばあるが、迅速で安全な捕獲法が確立されていないのは
ある種の不思議。 野性動物を傷つけないことも、傷ついた野性動物を本能による逃避
から優しく保護することも人間に課せられたひとつのテーマだと思う。
同時に矢ガモ、矢サギ・・・残忍な犯人もさることながら、種を特定しないで報道すると
いった姿勢はマスコミに根強く存在するもので、人間なら身元特定は必須でしょうから
一種の差別に該当するのではないでしょうか。

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