
これまでは双眼鏡の修復・レストア記事はアップしてきたが
その本体が収納されたケース(双眼鏡嚢・そうがんきょうのう)
については画像紹介はしてもどういう具合に修復したかという
点に触れてこなかった。 そこで今回は古いドイツ製ゲルツ
(Goertz)双眼鏡の欠損フタの再現と各種双眼鏡嚢から皮革の
使用頻度が高かった時代のクラフト技術について。
今回は古い時代に消滅したゲルツ製の双眼鏡とその収納嚢に
ついて紹介したい。

今回修復したArmee Treider 6x20の収納ケース
1899年製と考えられる本体に付属していたのは蓋の欠損した
収納ケースであったため本体と同じ水シボの施された革と
蓋裏クッション用の花紺色の別珍をネットで入手の上修復。
蓋用の革はメルカリで蓋裏クッション用の別珍は大阪別珍に
より修復した。なお当初は灰色の革を黒くしてオリジナル通り
の修復を目指したがツートンがおしゃれだなと感じ変更した。
なおスナップボタン(バネホック)はオス側が本体に残っていたが
後年の修復痕がありオリジナルでないことと現在の製品とサイズ
が合わないので本体側オス金具を除去しNO.5の大サイズホック
へと付け替えています。

背面は鉢巻き革の長さが足りなかったので漉いたうえで継ぎ足し。
その後本体に残っていたヒンジ用の革で蓋と接続した。
なお細かな糸のほつれや縫製の欠落などを補ったことはあるが、
本体そのものの製作が一度、今回の蓋製作が二度目となる。
道具や経験が十分でないので笑いながらご覧ください。

蓋裏には厚紙台紙に7割方周囲を張り付けた別珍生地にぬいぐるみ
より失敬した綿を詰め込み残りの縁を木工用ボンドで貼り付けたのち
蓋裏にボンドG103(双眼鏡の張り革修復用)で接着した。

本体の双眼鏡中心軸の中折れ目幅調整ではなく水平スライド機構
による目幅調整のユニークな機体とヨーロッパで保管されたと思える
保存状態のいい張り革、外観の双眼鏡とケース。
以下、これらと同様の順に前面画像(左上)、背面画像(左下)
ケースに収納された本体(右上)、ケースから出して双眼鏡と並べた
画像(右下)4枚を1画像にまとめての紹介です。

第1次世界大戦で官給品として光学各社から供給使用された歩兵用
ガリレオ式6倍双眼鏡とそのケース。蓋の固定はガリレオ式時代に
多用された尾錠(バックル)タイプ。1908年から1918年頃まで生産が
あったがケースの仕様から戦地で使用されたものでない可能性アリ。

当時は観劇用にオペラグラスの需要も多かった時代であり小型で
視野の狭くならないプリズム式双眼鏡は一定の需要があったと
考えられる。これはケースのみゲルツFago用で中身は東京光学
モナークの同型機。

ツァイスの特許呪縛による対物レンズ間隔の規制が解除された後期の
製品の6倍機。双眼鏡嚢も一般的なタイプとなっているが鉢巻き正面の
革ベロ取り付けは金属板を介さず革のループで固定されている。

こちらも上記機種同様に対物レンズ間隔の規制が解除された後期の
製品。このタイプの双眼鏡嚢の革は鞣しに問題があったのか銀面が
ウロコ状にひび割れて崩壊し粉を吹いているものが多い。この収納嚢
も銀面の多くをサンドペーパーがけしてひび割れを除去後に保革油を
塗布して粉吹き対策した。小型機と同じ金具が用いられている。

ツァイスのDELTRINTEMと同時期に登場したライバル機Magonも同じタイプ
の収納嚢に入っていたせいかケースが失われているものが多い。
なおツァイスやブッシュではIF機とCF機は別名が用意されたがゲルツ製
の場合どちらも同名であったため機種名だけではCF機かどうかは不明。

1910年前後に造られたマントルグラスのCFバージョン
ケース蓋裏も別珍張りではなく革張りでやや異質

上の双眼鏡と同じ時期のIFバージョン。軍用であったのは
明らかで大日本帝国陸軍向けのシリアル番号の記載アリ。
収納嚢側面の吊り金具はすべて背面に集約されている。
レチクル装備機。

このタイプの双眼鏡は日本に大量輸入されているが仕様は
少しずつ異なり接眼レンズが回転合焦式のものと直進合焦式が
存在しこちらはオーソドックスな回転焦点調節式。そのため焦点
板が内蔵されていない。
その本体が収納されたケース(双眼鏡嚢・そうがんきょうのう)
については画像紹介はしてもどういう具合に修復したかという
点に触れてこなかった。 そこで今回は古いドイツ製ゲルツ
(Goertz)双眼鏡の欠損フタの再現と各種双眼鏡嚢から皮革の
使用頻度が高かった時代のクラフト技術について。
今回は古い時代に消滅したゲルツ製の双眼鏡とその収納嚢に
ついて紹介したい。

今回修復したArmee Treider 6x20の収納ケース
1899年製と考えられる本体に付属していたのは蓋の欠損した
収納ケースであったため本体と同じ水シボの施された革と
蓋裏クッション用の花紺色の別珍をネットで入手の上修復。
蓋用の革はメルカリで蓋裏クッション用の別珍は大阪別珍に
より修復した。なお当初は灰色の革を黒くしてオリジナル通り
の修復を目指したがツートンがおしゃれだなと感じ変更した。
なおスナップボタン(バネホック)はオス側が本体に残っていたが
後年の修復痕がありオリジナルでないことと現在の製品とサイズ
が合わないので本体側オス金具を除去しNO.5の大サイズホック
へと付け替えています。

背面は鉢巻き革の長さが足りなかったので漉いたうえで継ぎ足し。
その後本体に残っていたヒンジ用の革で蓋と接続した。
なお細かな糸のほつれや縫製の欠落などを補ったことはあるが、
本体そのものの製作が一度、今回の蓋製作が二度目となる。
道具や経験が十分でないので笑いながらご覧ください。

蓋裏には厚紙台紙に7割方周囲を張り付けた別珍生地にぬいぐるみ
より失敬した綿を詰め込み残りの縁を木工用ボンドで貼り付けたのち
蓋裏にボンドG103(双眼鏡の張り革修復用)で接着した。

本体の双眼鏡中心軸の中折れ目幅調整ではなく水平スライド機構
による目幅調整のユニークな機体とヨーロッパで保管されたと思える
保存状態のいい張り革、外観の双眼鏡とケース。
以下、これらと同様の順に前面画像(左上)、背面画像(左下)
ケースに収納された本体(右上)、ケースから出して双眼鏡と並べた
画像(右下)4枚を1画像にまとめての紹介です。

第1次世界大戦で官給品として光学各社から供給使用された歩兵用
ガリレオ式6倍双眼鏡とそのケース。蓋の固定はガリレオ式時代に
多用された尾錠(バックル)タイプ。1908年から1918年頃まで生産が
あったがケースの仕様から戦地で使用されたものでない可能性アリ。

当時は観劇用にオペラグラスの需要も多かった時代であり小型で
視野の狭くならないプリズム式双眼鏡は一定の需要があったと
考えられる。これはケースのみゲルツFago用で中身は東京光学
モナークの同型機。

ツァイスの特許呪縛による対物レンズ間隔の規制が解除された後期の
製品の6倍機。双眼鏡嚢も一般的なタイプとなっているが鉢巻き正面の
革ベロ取り付けは金属板を介さず革のループで固定されている。

こちらも上記機種同様に対物レンズ間隔の規制が解除された後期の
製品。このタイプの双眼鏡嚢の革は鞣しに問題があったのか銀面が
ウロコ状にひび割れて崩壊し粉を吹いているものが多い。この収納嚢
も銀面の多くをサンドペーパーがけしてひび割れを除去後に保革油を
塗布して粉吹き対策した。小型機と同じ金具が用いられている。

ツァイスのDELTRINTEMと同時期に登場したライバル機Magonも同じタイプ
の収納嚢に入っていたせいかケースが失われているものが多い。
なおツァイスやブッシュではIF機とCF機は別名が用意されたがゲルツ製
の場合どちらも同名であったため機種名だけではCF機かどうかは不明。

1910年前後に造られたマントルグラスのCFバージョン
ケース蓋裏も別珍張りではなく革張りでやや異質

上の双眼鏡と同じ時期のIFバージョン。軍用であったのは
明らかで大日本帝国陸軍向けのシリアル番号の記載アリ。
収納嚢側面の吊り金具はすべて背面に集約されている。
レチクル装備機。

このタイプの双眼鏡は日本に大量輸入されているが仕様は
少しずつ異なり接眼レンズが回転合焦式のものと直進合焦式が
存在しこちらはオーソドックスな回転焦点調節式。そのため焦点
板が内蔵されていない。
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